彼は嘲るように、そして楽しむように笑った。
「彼女を想えば想うほど、理想の自分からは遠退いてしまうというのに、それでも愛情を絶ちきれないというのですか」
 相手は何も言わず固く口を閉ざしていた。怒りが込み上げているのが目を見れば分かるのにも関わらず、何も言わないつもりでいるらしい。目からは怒りを発しているのに部分的にではなく全体的に彼の顔を見ると、彼はまるで言い表せない悲しみや痛みを懸命に堪えているような、そんな表情をしているように見えるのだから不思議だった。
 そして、男にとってそれは特別気にくわなかった。
「――何故です」
 大袈裟に溜め息でもついてやろうと思っていたのにうまく息がはけなかった。
 男は続ける。
「少しでも理想に近づきたいと言っていたのに。あんなにも、在りたい自分の姿を追い求め生きていたではないですか」
 それなのに、何故。
 彼の表情が少しずつ和らいでいくのに比例して、男の顔はつい先程まで彼がしていた表情にだんだん近づいていく。彼と違うのは口を開いていることぐらいだろう。男も堪えなければならなかった。
 怒りや悲しみを。
「迷いが無いわけじゃない」
 彼は口を開いた。
「でも恐らく、答えは出ているんだ俺の中で……理想以上に彼女のこ」
「いい」
 堪らず男は言った。
「もう、いい。あなたはずっと理想から遠くあればいいんだ」
 投げやりに言ったその言葉に何よりも込められていたのは悔しさだろうか。







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -