もしも夏が蘇るなら

 ひとはよく、昔を思い出してあの頃に戻れたらなんて言う。あのときはよかったなあなんて笑ったりして。
 不毛だと思う。
 けれどわたしにも、戻れたらなんて考えてしまうような過去がある。
 もう毎日思い出すことはない、日常とはかけ離れてしまった遠い過去のことだけれど、ひどく懐かしくて切なくてそして苦しいあの日、あのとき。

 あの頃に戻れたらなんて言って実際戻れたとして、ひとは何をするんだろう。
 もう一度おいしい思いをしたいとこか、楽しかったことをもう一度とか。
 それとも過去の清算かな。
 あの時ああしていれば、って。自分の進む道を選びなおすのかな。

 でもね、わたしは思うの。
 選び直したって何したって結局、完全に満足することなんかないって。
 時間が経てば考えは変わるし、たいていのひとは何をどうしたって、ああしてれば、ああだったらを永遠に繰り返すよ。
 わたしも例外じゃない。
 ただ、わたしが繰り返すのは道を選びなおす繰り返しじゃない。
 同じ道をひたすら行く繰り返し。
 この先に待っているものを知っていて、それが決して幸福と呼べるようなものじゃないと理解していても、わたしは何度だって繰り返すよ。
 同じ道を歩んで、そして何度だってあなたを失うよ。
 泣いて、叫んで、狂いそうになったあの瞬間を、ただただ繰り返す。
 だって、そうなる以外の未来を想像できないんだもの。この道を行く以外の選択肢を、わたしは何度同じ場面に遭遇しても選べやしない。
 だから選び直せるひとがちょっと羨ましいのかも。
 それにたとえ選び直せたとしても、終る瞬間がね、少し先延ばしになるだけかなって。
 だめなものはだめなんだもの。そんなこともあるよ。
 今が悲しいのかな、つらいのかな。よく分からないけど、過去がなければ今はないよ。
 あなたを失った過去がなければ今のわたしはいない。
 今のわたしを失ってまで、過去に戻ってあなたを取り戻したいなんて思ったりする日がいつか来るのかな。
 
 蒸し暑い空気、やかましい蝉の鳴き声。
 汗ばむ肌。
 二人、秘密の森の中で。
 重ならない想いにもどかしくて、憎しみにとらわれた、わたし。

 そうだよ、何度だって繰り返すよ。
 だって想い合えないのは選択肢がどうとかじゃないもの。
 何を選んだってどうにもできないんだもの。

 だから、わたしは同じ道をたどる。
 鮮やかに、切なく、苦しいあの夏が蘇るなら。

12/8/26



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -