「居眠りたァ余裕なこって」
「なんだ、シカマルじゃない、どうしたの?」
寝起きにしては幾分涼やかな声で、彼女が両手をあげて伸びをする。勘定台の裏にある小さな腰掛けを引っ張り出す俺の返事を待たずに、彼女は続けた。
「朝からずっと店番させられてるんだから…暇ならちょっとは代わんなさいよぉ」
「おばさんがいいって言うならな」
俺の言葉に彼女は頭の上へと伸ばした両腕をそのまま、そして思い出したようにけらけらと笑う。
「あれ、まだ根に持ってるの?」
まだアカデミーに入ったばかりの頃だ。俺たちは放課後になれば毎日のように三人連れ立っていたのだが、まれに彼女の店番の日があった。今日は帰らなくちゃいけないから二人で遊んでて、とつっけんどんに言う彼女に、俺とチョウジが目を見合わせたのは言うまでもない。店番なら多い方がいい。そうやって三人ああでもないこうでもないと騒がしく花屋を任されていたある日、用を済ませた彼女の母親が娘の様子を見にやって来て目を丸くし、二人もいっぺんにお婿さんが来ちゃったわねえ、だとかこれで将来お店も安泰だとか、そんな冗談を言ったのだ。その時、口煩く母親に反論する彼女を尻目に、これじゃあお客さんも逃げちゃうわよ、花屋の主人になるにはまだまだねと、そう笑って、子どもらしからぬ皺の寄った俺の眉間を小突いた彼女の母親に、俺は自分の顔をこれでもかと赤くしたらしいのだが、これはあくまでも後日談として聞いた話である。
「お花屋さんだもん、優しい笑顔の人じゃなくちゃ、目付きとか、表情とか、大事よ?」
「じゃあサスケだって無理だな」
あの時の彼女の母親そっくりに言われ、ぼそりと呟いた言葉は、さながら負け犬の遠吠えに他ならない。
「何でそこでサスケくんが出てくるのよ?」
「…はあ?むしろ何で出てこねえことがあんだよ」
俺も彼女も、おそらくは全く同じような訝しげな表情で、お互いを見つめる。口を開けばサスケサスケと喧しいくせに、此方がヤツの話を持ち出せば彼女はすぐに機嫌を悪くするのだ。
「それはそれでしょー」
「全然わかんね」
「わかんないの?」
「わかんねえよ」
「私には使ってくれないわけ?」
「…何を」
彼女が俺の額あたりにじっと目をこらして、難しい顔をしている。
「そりゃあ、IQ200を」
「…使おうと思って使えるもんじゃねえんだよ」
「つまんないの」
「言ってろ」
アカデミー帰りと思しき子ども達が、愉しげな声をあげながら通りを駆けていくのが見える。もうすぐ彼女の母親も帰る頃だ。勘定台に居座る俺をよそに、彼女は花を軽く剪定し整え、水を撒いたりなんかしている。
「なあ、いの、そう言えば」
「んー?」
「あの薄紫色の花の名前って」
そうして振り返った彼女に、あの頃の小さく幼い姿を重ねて。