「だってねえジュダルちゃん、その人本当に可哀想だったのよ。別に悪さなんかされなかったわ。お洋服を買ってあげるって言われた時は迷ったけど、わたくしなんかのために無駄なお金を使わせてしまったらもっと可哀想でしょう。だからいりませんってきちんと断ったの。本当はその人の名前も知ってるわ。お財布の中に入ってる名刺が見えて。警察には言わなかったけど」
行方不明になった彼女が俺の部屋に顔を見せたのは、翌日の昼過ぎだった。朝方には部屋に戻って、捜索願いを出した大人たちや警察や学校にあれこれ話していたらしい。学校からの帰り道にほいほいとその汚えオヤジの車に乗せられ、連れ回されて話を聞くうちに情が沸いたなんぞ、俺が思った以上のばかだ。
「気持ち悪ィことされてねえの?」
「されてないわよぉ。さっきも言ったでしょ、優しい人だったって」
「優しかったら人攫いなんかしねえよ」
「人攫いなんかじゃないわ」
三つ折りにした敷布団に寄りかかって胡座をかく俺に、彼女がぴしゃりと言う。人攫いのオヤジを庇うどころか、曲がりなりにも心配してやっている俺をそうやって窘める彼女は、タッパーの底にへばりついたかぴかぴの米粒を爪で擦っている。
「武道の習い事も意味ねえな」
「可哀想なおじさんをやっつけるために習っているんじゃないもの」
「お前、学校で何て言われてるか知ってんのかよ」
「なあに?」
「売女の娘だから攫われたんだって」
「だから、攫われたんじゃないんだってば」
ふくれっ面の彼女の二の腕を、ぱしんと叩く。わかってねえな、ばかだなあ。仕返しとばかりに俺の腹をつっつくその細い足にされるがまま、俺は彼女とその可哀想なおじさんがホテルで一晩を明かした様を思い浮かべて、煎餅布団に彼女の体を引っ張った。きっと彼女を攫うことなんか、造作も無く容易いことだ。この狭い世界で。