「それ、誰にあげるの?」
二階からランボが降りてきて、台所を一人占めしている私に声をかけた。白いのびのびのTシャツに、ちょっと小さめのジャージはツナさんのお下がりだ。腰のゴムのところに沢田と刺繍がしてある。彼が私の肩越しにまな板の上を覗き込む。包丁で刻んだチョコレートがいっぱい。
「雲雀さん。毎年あげてるの、知ってるでしょ」
「俺には?」
「ないよ」
「何で?雲雀さんにはあって俺にないなんて、そんなの変だ」
彼はへらへらとそう言った。私は包丁を置いた。刻んだチョコレートに人差し指を置くと、すぐに溶けた。
「ランボが」
続きを言いかけて、息を吐く。だって、聞いたのだ。彼と隣のクラスの女の子が階段の踊り場でお互いを引き止めるようにして、笑って、腕に触れ合って。チョコ楽しみにしてるよ、どうしようかな、くれないの?、あの子から貰うんでしょう?、あの子って?、あの子だよわかってるくせに、君以外の女の子からなんかいらないよ、本当に?、本当さ。
「…ランボがいらないって、言ったんだよ。どうしていらないって言った人に、あげなくちゃいけないの?わたし、そんなにお人好しじゃないよ」
この家の、騒がしさが好きだった。誰かと誰かが顔を合わせればそこがぱっと明るくなって、沢田さんの周りにはいつも幸せが転がっていて、フゥ太さんはとびきり私たちを甘やかしたし、ビアンキさんがいつだって気にかけてくれていることも知っていた。ママンの笑顔は世界一優しかった。外の世界のことなんかどうでもよくなって、そこには雲雀さんとか、隣のクラスの女の子とか、そういう人たちの入る隙間は少しも無かったはずだった。
「俺はイーピンに直接、チョコいらないなんて、そんなひどいこと言ってない」
彼がずっと泣き虫ランボのまま、私がずっとおませで面倒見のいい女の子のままでいられたのなら、こんな沈黙など知らないでいられたのに。
「…ランボのわからずや」
「わからずや?どっちがだよ」
玄関のドアを乱暴に開けて、彼は出て行った。取り残された私は雲雀さんに食べてもらうためのブラウニーを作る他なかった。なかったのだ。