「……はあ?」
ともかくである。彼女は俺の教室に入るなり、クラスメイトの好奇に満ちた眼差しなどお構い無し、勿論机に置いてあった数個の紙袋に目もくれず、つかつかと歩み寄っては仁王立ち、一気にそう捲し立てた。二月十四日、午後四時も三十分を過ぎた頃だった。
「いや、貰おたけど。チョコ」
「はっ…はあ!?何でよ!」
「何でもあらへんわ。朝から杜山にも朴さんにも貰おたし、あとクラスの女子が何人か」
「うそでしょ、朴までこんなヤツなんかに…!?聞いてないわよ!」
「こんなヤツって何やしばいたるぞ」
「それに何人かって何なわけ?ほんとはちゃんと数えてるくせに余裕ぶってるつもり?」
いつも以上に嫌味な物言いは抜かりなく、長い髪を背に払いふんぞり返る姿がとてもお似合いの彼女。何とも手作り感溢れる紙袋を握り締め、その右腕を頑なに俺へと突き出してさえいなければ、そして今日がバレンタインデーなどというくだらない日でさえなければ。虫の居所を悪くした彼女が突っ掛かることは度々であったし、むきになった俺の方が噛み付くこともまたしかりであって、つまり相性最悪と思しき彼女との口喧嘩などはよくあることで。
「でもまあ、この腕下ろさんゆうことは貰おたらなしゃあないなあ。面子丸潰れやもんなあ、神木」
得意の応酬に出てみれば、もとより顔を赤くしていた彼女はその小さな耳までも火照らせ、口元をふるふると震わせて、なるほど効果は絶大らしい。我慢ならないといった様子で一度俯き、そして強引に紙袋を俺の胸元辺りへと押し付け、
「最っ悪!」
今にも頭から湯気を昇らせんばかりの彼女は、捨て台詞を吐き猛然と踵を返すと、足音荒く教室を出て行った。そしてそれとほぼ入れ違いになる形で、志摩が購買から戻った。運悪く今日一日杜山とも朴さんとも出くわさなかったどころか、クラスの女子にチョコレートをねだり生暖かい眼差しで見送られた志摩が、塾の前に腹を満たすらしいカレーパンと、俺の机の上にある紙袋幾つかを交互に見遣る。
「坊」
「どないした」
「結局チョコ誰々に貰いはったんです?」
「…何人かと、一人や」
午後四時四十五分。もうすぐ薬草学の授業が始まる。