「何が“リフレッシュ”よ」
息を吐くのと同時に言葉を吐き捨てる。ほぼ無意識に。そして言ったところで、はっとする。以前の、そう、ここに通うより以前の私は、独り言など決してない、顔の神経をぴくりとも動かさないそういう人間だったはずだ。例え誠二が私の着信に出なかったとしても、包丁で指先を切ってしまったとしても、上司が私を苛立たせるような真似事をしたとしても。私は速やかにその事象に対応し、解決策を見出すか、無表情のうちに自らを制御していたのだ。それがどうだ、つい今しがただって、今頃また人様の逆鱗に触れているであろう上司のことを思って眉をひそめ、溜め息を吐き、一人文句を溢すに至った自分にぞっとする。朝から晩まであいつの子守りにかかりっきりで、癖まで似てしまったのだろうか。――夫婦は似てくると言うもの。――もちろんあんな根性無しの皮肉屋に嫁いだ覚えはないし、私の未来の夫は紛れもなく誠二一択であるが、やっていることと言えば夫婦のそれと何ら変わりないのだ、不本意ながら客観的に。朝の珈琲を入れるところから始まり、掃除に洗濯、買い出しに行って料理をして、彼の独り言に適当に相槌を打って。彼だってきっともう一人暮らしをしていると思ってはいないはずだ、朝起きれば、仕事から家に帰れば、当たり前のように私がいるのだから。現に私がたった三日間家を空けただけでこの有り様じゃないか。私がここに通うようになる前、彼は一人で生活できていたはずなのだ。変わったのは私だけじゃない。そんな独り善がりの結論に行き着いたところで、携帯に着信が入る。
「はい」
「ただいまー、波江さん、それともおかえりと言うべきかな。もう帰ってるんだろう?やっぱり明かりのついた我が家というのはいいもんだね、いくつになってもさ」
「…あなたどこにいるの」
「玄関」
「どこの」
「どこって我が家のだよ」
最後の得意気な彼の言葉が、右耳と左耳の両方から入り込んできて、ふと見上げると彼が携帯を片手に笑っている。
「臨也」
「待って待って、小言は後にしてくれないかな、実のところ朝から何も食べてないんだ」
なるほど小言を言われることは想定していたらしい。腹の辺りをさすってみせながらソファに腰を下ろして、大層疲れたというようにはあ、と寄りかかる。三日ぶりの上司は三日前と何ら変わらなかった。切れ長の瞳によく回る口。三日で変われるような柄でもない。それでも確かに変わったはずなのだ、以前とは。夥しく生活のあとが残されたリビングを見渡す私を、彼がにやにや笑いをそのままに見上げている。
「…私がいないと本当にだめね」
「ああ、それは否めないな。ずっと一人で暮らしてたはずなのに、おかしい話だ。君がいないとだめになった、君の言う通りさ」
試しにかけてみた言葉は思いの外小さくて、しかし彼はそれに気付かないまま、私が望んだ通りの答えを返してくれる。その居心地の良さは、ただの優越かもしれないけれど。
「ならいいの」
「え?」
「何か作るわ、手伝いなさい」
片付けはそれからだって構わない。