瞬きを数えて
雪男が家に来た。私はベッドの中にいて、起き上がるのはナプキンを替えるためにトイレに行くだけだ。鍵なら開けっ放しで、雪男はそれを知っているからインターホンすら鳴らさなかった。自分の家に帰って来るみたいにして、上着をソファに放り投げる。

「何日洗ってないんですか、食器」
「忘れた」

多分二週間くらい台所には立ってない。がちゃがちゃと皿を洗う音がする。

「そろそろ荒れてくる頃かなと思ってはいたんですが、毎度期待を裏切らない荒れっぷりで感心しますよ」

雪男はうれしそうに言って、蛇口を捻る。食器を綺麗に元あった場所へ仕舞い終わると、今度はまた同じ食器を改めて棚から取り出す。まるでその無意味と思える過程がどうしても必要みたいに。薄いプレートが二枚、二日分ではなく二人分の皿だ。それから雪男が鍋で何か煮込み始めて、その辺りからどうしようもなく意識が朦朧として、少しだけ眠った。冷え切った私の肩を揺さぶる。シュラさん、シュラさん。目を開けると、雪男が私の首にスカーフを巻いていた。何も言わない。息苦しさに私が外そうとすると、咳をしていましたから、そう言った。首から上だけが仕事気分だ。空っぽだった皿には、いつの間にか湯気が立ち上っている。赤いソースに、肉団子がごろごろ頃がっている。ミートボールだと、雪男がしかめ面で言い直した。お子様仕様の甘い味がして、きっと燐のレシピだと思った。あいつは信じられないくらいお子様舌で、それで育った雪男もまた同じなのだ。二つ目のミートボールを口に運ぶ。ごろんごろん、フォークから抜け落ちた肉団子は、私の首から太ももを垂直に辿り、床に転がった。真っ白い絹のスカーフに、トマトソースの軌跡がべとついている。

「お前がアタシにミートボールなんか食べさせるから」
「美味しいでしょう。兄さんの見様見真似で作ってみたんです」
「くたばれ」

三つ目の肉団子に、今度こそ思い切りフォークを突き立てた。雪男が私の首に巻いたままのスカーフを弄りながら、しきりにタグを探している。



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