「私、京子の家に泊まりに行って来る」
「おやクローム、そんな予定ありましたっけ」
仕方ないとわかってる。何もカーテンや絨毯をピンクにしろと言ってるんじゃない。ただ、パリ帰りのモダンでファッショナブルで、些か浮ついた私の思考が、これから数週間のまとまった休暇をこの部屋で取ることを拒んだのだ。黒い仕事用のパンプスを半回転させて、私は呑気な彼をなおざりに無人駅へと逆戻りする。一人暮らしをしている京子のアパートは十畳、小さなテレビと縁の白い全身鏡、クローゼットに収まりきれない洋服はベッドの下のスペースにきちんと収納されている。身を屈めないといけない低いキッチンも、私にとってはなんとも羨ましいものだ。使い道はさて置き、無駄に包丁類のみ充実した家のキッチンとはえらい違いである。
「急に来てごめん…」
「気にしないで、好きなだけ泊まっていっていいからね」
京子は早速予備の布団を敷きながら笑った。押し掛けたくせになんだか申し訳なくなって、手持無沙汰に洗濯物の片付けを手伝う。彼は私の服をいい加減畳んでくれただろうか。ファストフードなんか食べてないといいけれど。いや買い物に行くという考えすら持ち合わせないかもしれない。子どもに対するような不安が私の頭を占めて居た堪れない。せめて電話だけでもと携帯を取り出した矢先、着信音が鳴って京子と顔を見合わせる。思わず吹き出したのはそれが彼に他ならなかったからだ。
「聞き忘れていたことがありましてね、今日の夕飯は何ですか?」
「ええと、何がいい?」