さよなら夜汽車
冬だった。特に流行ってもいない水族館に行くためだけに、私たちは三時間半も列車に乗った。近くじゃいけないのだと彼は言った。理由は聞いていない。犬にも千種にも内緒だった。それがまるでいけないことをしているみたいで、右手に握った片道切符と水族館の半券どちらもがいびつにひん曲がってしまう。魚が群れをなして泳いでいる。彼は大きなジンベイザメや飼い馴らされたイルカよりも、小さくて臆病そうな魚ばかりを好んで見つめた。熱帯魚のくせにあまり色が綺麗でないものや、魚屋にでもいそうなイワシの大群。ガラスを叩かないで下さいと書かれたプレートを気にしてか、だけど音の立たないくらい控えめな様子でガラスにとんとんと指で触れている。

「骸さま、もう少しでペンギンのショーが始まるわ」
「先に行っておいでなさい、僕はもう少しここを見て回りますから」

ペンギンのショーはちっとも面白くなかった。私が上の空だったからかもしれない。歓声が上がるたびに私は機械的に手を叩いていた。右隣りの席には家族連れの男の人が、左隣りには私と同じくらいの女の子が座っている。彼の席を取らなかったのは、彼がきっと来ないだろうと思ったからだ。案の定彼は来なかった。気になってショーが終わる前に席を立つ。彼は甲殻類のコーナーでじっとしていた。

「クローム、もう終わったんですか」
「はい、骸さま」
「僕も一通り見終えましたよ。来世は水族館の飼育係でもいいかもしれないと考えていたところです」
「それなら私、毎日通います」
「おや嬉しい」

彼はそれから私の頭を撫でて、次はどこへ行こうかと笑う。冬の日の入りは早いが、しかしそれでも十分に遅い時間だった。どこへでも構わないと私は言った。きっともう帰るつもりなど更々ないのだろう、私の手を引いて歩く彼は、いつもより小さく見えた。


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