「あの子もばかになったものだわ」
「ビアンキさん、そんな言い方」
「当たり所が数ミリずれてたら死んでたかもしれない。…ハル、きっとあなたにはわからないのね」
冷たい声色だった。血を半分わけた弟が重体だと聞いても、ビアンキさんはひどく落ち着き払っている。動揺する私を横目に眺めて、ビアンキさんはたまに、凡そ普段の態度からは考えられないような軽蔑しきった眼差しで、興味深そうに私を観察することがあった。
「獄寺さんに会わなくちゃ」
「やめなさい」
「ハルは…獄寺さんが心配なんです」
「取るに足らないわ」
ビアンキさんはデスクトップの前に浅く腰掛けて、次々とウィンドウを展開していく。ずらずらと並んだイタリア語に、眩暈がした。
「私は心配なのよ、あなたが」
キーボードを叩く手を止めて、こちらを振り返ったビアンキさんのその唇は、やさしい言葉とは裏腹に固く結ばれている。思い詰めたような厳しい表情だった。と同時にその表情は今にも崩れてしまいそうに脆く、私は私の髪を撫でようとするビアンキさんの手を払いのける。
「うそ」
私の言葉にビアンキさんは黙ったままでいた。ただ色のない瞳が私を見下ろす。
「ビアンキさんが心配してるのは、ハルが獄寺さんを…」
「やめなさい」
やめなさい、ビアンキさんはもう一度私に強く言い聞かせるようにそう言って、目を伏せた。気付けば私は泣いていて、これ以上ここにはいられないと思った。獄寺さんに会いたかった。部屋を出る間際、ビアンキさんが両手で顔を覆っているのが見えた。
「…くだらないわ」
それきりだった。