引っ掻いて抱き着いて離さない
頭が痛いと言って嘘泣きをする彼女の、油にまみれた唇から、俺は思わず目を逸らした。キャミソールの紐がだらしなく二の腕に垂れている。ウインナーの包装袋がごみ箱に捨てられていた。昨日ビアンキが業務用スーパーで買った、皮のぱりぱりしないウインナーだ。新しくアジトの近くにできた業務用スーパーは、ビアンキをさぞ満足させたらしいと窺える。俺は駐車場に停めた車の中で、彼女の買い物を待っていたから、彼女がどういう経緯で業務用ウインナーを三袋も買ったのかはわからない。ただ、朝っぱらからハルが三袋全部食べてしまうために買ったんじゃないということだけは確かだった。

「ハル、どうしちゃったんだよ、これ。まだ八時だし、それにそんな格好でめそめそ泣いたりして。とりあえずビアンキが来る前に片付けなきゃ」
「ど、どうかしちゃったのは…ツナさんの方です!」

彼女はしゃくり上げるように叫ぶと、脱兎の如く俺の横を走り抜けてキッチンから出て行った。三袋分のウインナーの袋と、その中身が全部詰め込まれているとは到底思えない、あの薄っぺらいのお腹のことを考える俺とが、否応なしに取り残される。そこへ軽快な衣擦れの音と共にビアンキがひょっこり顔を出して、俺は年甲斐にもなく泣き付きたくなった。

「今日は早いのね、ツナ」
「あぁビアンキ、それが…あの、ハルが」
「ハルが何よ」

言い淀む俺にビアンキが笑う。手には茶色い紙袋を抱えていて、汗をかいた檸檬やアボカドや、名前も知らない果物が次々とキッチンに広げられる。

「俺…何かしたのかな」
「何もしなかったんじゃない?」

クーラーの微風にすら靡く長い髪が、俺の少年染みた心を強く揺さぶる。紙袋から最後に出てきたそれは、まぎれもなく魚肉ソーセージだった。ビアンキが片眉を上げて俺の視線を捕らえる頃、着替えを終えたのか彼女のいきり立ったような足音が聞こえる。
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