「なあ」
珍しくネクタイをきっちり締めた彼は、ピアスもつけずにおとなしくスーツを着こなしている。大きな革靴は私の下着姿を見とめても戸惑う様子すらない。彼はそのまま少し距離を置いて同じソファに座る。体の右端が軽く沈むのを感じた。
「ブーケどないしたんや」
「………別に」
ムカついて花弁をちぎって、だけど勿体なくなってお風呂に浮かべたとはさらさら言えるわけもなく、私は無愛想に短くそう答えた。シースルーのキャミの上に、ずっと長いままの髪からぼたぼたと水滴が垂れる。バスタオルはデジカメと一緒に放り投げてしまったんだった。ソファから立ち上がるのも面倒だと思ってそのままにしていると、彼が長い腕を伸ばしてバスタオルを私に取って寄越す。
「必死になって取りに行っとったやんけ」
「たまたま落ちてきたのよ!あんただって見たでしょ!」
朴が前の方に行こうと言うのを断って、私はきゃあきゃあと騒がしい人々から一番離れた場所に突っ立っていた。それなのにあの子が投げたブーケは、空に大きく弧を描いてすとんと私の手元に落ち込んできたのだった。出雲ちゃんすごーい!という朴の脳天気な声を皮切りに、笑い声が巻き起こる。これまた近くに突っ立っていた彼のにやにや笑いが、私の羞恥心に拍車をかけたのは言うまでもない。
「俺が見たんは杜山さんのピースサインだけやがな」
「やっぱりあの子わざと私に投げたのね」
「頼んださかい」
「はァ?」
「俺が頼んだ言うてるんや」
大雑把にタオルドライしていた手を止めて、私は思わず彼を凝視する。私がブーケを手にしてぽかんとした時に見せた、彼のにやにや笑いが思い出される。そしてそんな私を見越したのか、目の前で同じ表情を形作る彼が、心底恨めしい。
「お前みたいな性悪でも結婚できますようにってな」
女友達の結婚式で終始しかめっ面を晒し、ブーケを躊躇いなくちぎり捨ててしまえる私は、確かに性悪かもしれなかった。だけどそんな性悪女に構う彼も彼だ。私は彼に近付くと乱暴にネクタイを緩めさせて、彼のしたようなたちの悪いにやにや笑いを顔に貼り付けた。
「そこまでするんだもの、なんなら結婚相手も用意しなさいよ」
「…あのなぁ、女やったら自分で媚びの一つや二つ売ってみんかい、ほんま可愛くないやっちゃのう」
わざとらしく溜息を吐いた彼が、私のキャミソールに手をかける。