あなたへのあれそれは花束もろともバスルームに置いてきたわ
バスタブからあがって下着だけをつけて、洗面台の鏡をまじまじと覗き込む。橙色の花弁が一枚、肩口に張り付いていた。バスタブに浮かべたまま置き去りにしてきた花弁は橙色と黄色と白色の、穏やかでそのくせ目の覚めるようなコントラスト。濃い化粧を落とした私はすっかり幼い顔立ちで、不機嫌に私を睨み返している。気に入らない女友達の結婚式に出たんだから当然。お相手もこれまた気に入らないヤツで、だけど二人してにこにこと馬鹿の一つ覚えみたいに笑っていた。やけになって飲み過ぎたシャンパンが重い。出席者に用意されたホテルの一室で、私はもう二度と人の結婚式なんぞ出てやるものかと心に決め、そして無意識に、見ているこちらがむず痒くなるような新郎新婦の一部始終を、再生モードに切り換えたデジカメでぼんやりと眺めていた。勿論ノックもなしにずかずかと上がり込んできた彼に冷やかされる前に、それはベッドの上に放り投げたけれど。

「なあ」

珍しくネクタイをきっちり締めた彼は、ピアスもつけずにおとなしくスーツを着こなしている。大きな革靴は私の下着姿を見とめても戸惑う様子すらない。彼はそのまま少し距離を置いて同じソファに座る。体の右端が軽く沈むのを感じた。

「ブーケどないしたんや」
「………別に」

ムカついて花弁をちぎって、だけど勿体なくなってお風呂に浮かべたとはさらさら言えるわけもなく、私は無愛想に短くそう答えた。シースルーのキャミの上に、ずっと長いままの髪からぼたぼたと水滴が垂れる。バスタオルはデジカメと一緒に放り投げてしまったんだった。ソファから立ち上がるのも面倒だと思ってそのままにしていると、彼が長い腕を伸ばしてバスタオルを私に取って寄越す。

「必死になって取りに行っとったやんけ」
「たまたま落ちてきたのよ!あんただって見たでしょ!」

朴が前の方に行こうと言うのを断って、私はきゃあきゃあと騒がしい人々から一番離れた場所に突っ立っていた。それなのにあの子が投げたブーケは、空に大きく弧を描いてすとんと私の手元に落ち込んできたのだった。出雲ちゃんすごーい!という朴の脳天気な声を皮切りに、笑い声が巻き起こる。これまた近くに突っ立っていた彼のにやにや笑いが、私の羞恥心に拍車をかけたのは言うまでもない。

「俺が見たんは杜山さんのピースサインだけやがな」
「やっぱりあの子わざと私に投げたのね」
「頼んださかい」
「はァ?」
「俺が頼んだ言うてるんや」

大雑把にタオルドライしていた手を止めて、私は思わず彼を凝視する。私がブーケを手にしてぽかんとした時に見せた、彼のにやにや笑いが思い出される。そしてそんな私を見越したのか、目の前で同じ表情を形作る彼が、心底恨めしい。

「お前みたいな性悪でも結婚できますようにってな」

女友達の結婚式で終始しかめっ面を晒し、ブーケを躊躇いなくちぎり捨ててしまえる私は、確かに性悪かもしれなかった。だけどそんな性悪女に構う彼も彼だ。私は彼に近付くと乱暴にネクタイを緩めさせて、彼のしたようなたちの悪いにやにや笑いを顔に貼り付けた。

「そこまでするんだもの、なんなら結婚相手も用意しなさいよ」
「…あのなぁ、女やったら自分で媚びの一つや二つ売ってみんかい、ほんま可愛くないやっちゃのう」

わざとらしく溜息を吐いた彼が、私のキャミソールに手をかける。




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