夜泣きはいつだって真夏
とうとう僕と彼女だけになった職員室は、机に向かっているだけでじんわりと汗ばむほどの熱気を孕んでいた。先程までゲーム機に夢中になっていた彼女が、バッテリーが切れたのを最後に珍しく仕事に勤しんでいる。本部からの仕事らしい、僕にはその言語すらわからない。僕がかちゃかちゃとパソコンに向かう隣で、彼女はノートに線を引いたり消したり、表ができたかと思えば上から文字を書き込んでみたり、通りで仕事が遅いわけだ。時間だけが経っていく。二十三時五十分。一日が終わろうとしている。ついに堪らなくなって、僕は自らその静寂を破った。シュラさん、呼ぶと彼女が顔を上げた。

「今日は誕生日じゃないんですか」

思いがけず生暖かい自分の声色に、僕は戸惑う。彼女がいつものように悪戯っぽく破顔しては、そのペン先を僕に向けるまでの少しの沈黙に、そして僕は怯えた。

「そこまで言うんだったらついでにおめでとうの一つや二つ言ってくれてもいいのによう。お前にゃ愛想ってもんがないんだよなー、可愛げがない」
「別にあなたに愛想振り撒く必要ないですから。ただ薄気味悪いなと思っただけですよ、いつもは一日中誕生日だなんだと迷惑なくらい騒ぐくせに、今年は大人しく授業内容の確認なんて、普段だってしないことをわざわざ…あなたらしくもない」

僕は今日一日の間に考えたことを口にしていた。一息で言ってしまうにはあまりにも多い情報量で、最後の方は喉の奥がひゅうと鳴る。彼女が散らかった机に目を落として、それから再び僕を見つめたとき、そこに笑みなどはなかった。ただ滅多にしないような、諦めたような、いやにすました表情だった。

「アタシは元から誕生日なんか何の感慨も持ってないよ」

彼女は徐に手にしていたペンを放り投げて、机の上に両足を乗っけてみせた。いつも通りを取り繕う乱暴な仕草。

「ただ獅郎がおめでとうって言ってくれるのがうれしかっただけ。それだけだ。だけど獅郎はもういない。だから誕生日なんかどうでもいい」

椅子にもたれて天井を見上げる彼女の、細い首が何かを飲み込むみたいにして上下する。震える。気付けば手に汗をかいている。この空気に僕は堪えられなかった。帰る支度を始めても、彼女はそのままだった。

「シュラさん」
「んー?」

立ち上がって僕は彼女の名前を呼んだ。二度目のそれは僕の得意な、無機質で機械的な声色だった。その方がいいと思った。

「…誕生日おめでとうございます。別に父さんの代わりが務まると思って言ってるんじゃありません。愛想振り撒いてるつもりもありません。あくまで僕の意思です。それじゃ」

隙間風でも吹いているのか、廊下は驚くほどひんやりと終夏の夜に染まっている。歩きながら、僕はあと数分を一人で過ごす彼女にただ、何ができたろうかと思う。



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