思わせぶりな色を知らない
椿先生の毎度の急用により、はからずも宙ぶらりんになった土曜日の朝八時、せっかく着替えた制服をハンガーにかけ直して、長い休日を思う。今日は朝から補習があるというから、庭の手入れなんかは昨日までに済ませてしまったし、何となくこれから着物を着付ける気にもなれない。ショップ袋に入ったままの洋服を手に取って、おもむろに鏡の前で合わせてみる。襟ぐりの可愛いワンピースはくすんだようなピンクベージュが冬っぽい。神木さんと朴さんは薄い空色とクリーム色をそれぞれ、もちろん三人揃って色違い。お店の試着室で着るのとは別の気恥ずかしさに、一人もぞもぞと袖を引っ張っていると、そういう時に限ってお母さんが遠慮なしに顔を見せる。奥村くんから電話よ、そして、あんたが洋装なんて珍しいだの、せっかく外出するんならそのまま出かければだの、慌てて電話口に走る私を、からかい混じりの声が追いかけた。外出するなんて一言も言ってないのに!奥村くん、と言うならきっと燐だろう。聞こえてないといいけれど、あいにくうちの黒電話には保留ボタンなんてない。走ったのと慌てたのと緊張するのとで、やたら息があがる。

「もっもももしもし!」
「おう、しえみ?起きてた?今何してんだ?俺昼飯作るからさ、暇なら食べにこねえ?雪男のやつ職員ナントカでさっき家出ちまってよ、あの…まぁ二人だけど」

私がうん、と返事をしようとするたび、矢継ぎ早に燐の声が受話器から流れて来るのが可笑しくて、結局私はそれらの問い全てにまとめて、ようやくうん、と言った。途中から何となしに燐の声が小さくなったけれどあまり気にならなくて、それよりもお昼にお呼ばれされたことで頭がいっぱいだった。お昼の約束をして受話器を置くと、お母さんが待ち構えていたみたいにして塾への鍵を渡してくれた。ポニーテールにしようかカチューシャを付けようか迷うけれど、迷う時間ならたっぷりあと三時間はある。

「ねえねえ、お母さんはどっちがいいと思う?それから靴は何履いてけば変じゃない?バッグはいつものでいいかな、やっぱりあれじゃおかしいかな?えぇと…あれっ、お母さん私の白いレースのカチューシャ知らない?あっ、でもポニーテールの方が…」
「どっちでもいいけど、しえみ、あんた首のとこ、タグぶら下げたまま外出する気かい?」
「…今外そうと思ってたの!」



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