「買い物に行くの」
「そうよ」
「俺も行こうかな」
何の気なしに放たれた予想外の言葉。その声はとても外出に心を弾ませているようには聞こえず、そして決して私の意思を窺う風でもなかった。現に、彼は言いながらもすでにパソコンを休止状態にさせていたし、クローゼットから内綿の入った冬仕様のコートを取り出している。今まで一度だって彼が買い物について来た試しなどない。望んでもいない。口うるさいのが関の山だし、あの細腕が荷物持ちの役に立つとも思わない。考えてみたこともない。
「何ですって?」
「そんなに驚くことじゃないだろ」
「欲しいものでもあるの」
「別にないけど。ただついて行くだけさ」
彼はもうリビングのドアの前に立って、私が仕度を終えるのを待っている。悪だくみをする時のにやにや笑いでも浮かべていればいざ知らず、何とも涼しい顔である。それがかえって腹立たしいのだが、本人は知る由もないだろう。
「迷惑だわ。邪魔」
「残念だけど、もう決めた」
これまでの経験上、悪態を吐いて彼を追い払えるとは思っていない。ただ何か言ってやらずにはいられずに、眉を顰めたまま言い放ち、鞄に財布と携帯を放り投げる。もう無駄だ。誰より気まぐれで意固地な彼は、私がチェーンソーを持ち出して脅したとしてもついて来ると言い張るに違いない。溜め息は聞こえなかったふりなのか、さっさと歩みを進める彼に、私は自然と彼の後ろを歩く形になる。何となくだが癪に障る。憤然とパンプスのヒールを鳴らして彼に追いつき、隣に並ぶ。阿呆みたいに空を見上げていた彼がふいに私を見止め、帰りは荷物持ってあげるよ、なんて宣うものだから、つまり、道端に捨てられた空き缶を蹴飛ばしてやりたいくらいには苛立たしい。