ピンクのつっかけ
将棋と大富豪と神経衰弱は負けたけど、オセロは勝った。勿論、三連敗に膨れっ面な私を見かねた彼が勝たせてくれたんだろうけど、それでも盤面は真っ黒で、胡座をかいてわかりやすく肩を落とす彼に、悪い気はしない。いつもより少し低めに結んだ黒髪はラフで、私がじじくさいと言ったTシャツは部屋着に成り下がっているようだ。煤けたみたいな渋柿色、胸元にはグレーのワンポイント。甚だ頂けない。

「ちょっと休憩。茶でも入れてくるわ」
「私、ジュースね」
「へいへい」

腰の辺りを掻きながら、彼が部屋を出る。私のためだけのグレープフルーツジュースは、底を尽きればまた同じものが買われる。果汁100%のあまずっぱい酸味、なんて綺麗な色。散らかった床に上体を倒して、床に耳をあて目を閉じる。彼の母親がきっとジュースをコップに注いで、彼は熱いお茶を用意して、二人の素っ気ない会話が好きだ。素っ気ないけど冷たいわけじゃない、女親と年頃の息子の会話。私と賑やかに話すときの彼女とはまるで違う、別の種類の優しさが滲んでいて、それがくすぐったくて心地いい。そこへふと、小さく玄関のベルが鳴ったような気がして、彼の母親が嬉しそうに声をあげるのが、今度は確かに聞こえた。誰だろう。お母さんかな、部屋に飾るドライフラワーを持っていく約束をしたって、今日の朝そんなことを言っていたかもしれない。起き上がって部屋のカーテンを開ける。途中出しっぱなしの将棋の駒を踏んづけて、だけどその痛みなんかどうでもよくなるくらい、窓から覗き見えたお客さんは、私をはっとさせた。ミニスカート姿は初めてだ。私のより色素の濃い綺麗な金髪は、今は肩にかかっている。玄関先で彼女を出迎えたのは、彼の母親だった。窓を閉めているけれど、それでも二人の笑い声が聞こえる。間もなくして彼の母親が引っ込み、ここからは見えないが、彼が姿を見せたのだろう、何か話し声が聞こえるが、何を言っているのかはわからない。こっそり窓を開けようかと思ったが、錆び付いてものすごい音がするのだ。一階に下りるのも憚られるし、そんなことしたって気まずいだけだし、だけどいてもたってもいられないような、そわそわと考えを巡らせているうちに、しかし彼女は軽く片手をあげると、歩いて行ってしまった。玄関の引き戸が閉まる。慌てて定位置に戻ると、すぐにお盆を持った彼が階段を上がって来たのだろう、ぎしぎしと階段が軋む音。カーテンを閉めるのを忘れたことに気付いて、だけどもう遅い。案の定彼がコップを二つお盆に乗せて、部屋に入る。あの煤けた渋柿色じゃない、違うTシャツを着ていた。深緑色の、だけど同じようなやつ。

「どうしたの、服」
「ああ、さっきテマリ来てたんだよ、用事あるとかですぐ帰ったけど」

知ってる。言いそうになって口をつぐむ。用事があるなんてうそ、彼女は見たのだ、玄関にきちんと並べられたピンクのつっかけを。彼が何でもないふうに私にコップを手渡す。自分の湯飲みを取って、ぬるくなっちまったな、そんなことをぼやいているのが、妙に癪に障った。

「へえ。わざわさ着替えちゃったりして」
「おめーが言ったんだろ、あの服だせえって」
「着替え直してくれば?一張羅、汚しちゃうわよ」
「だな」

私のとんだ嫌味を、彼はすんなり納得したように頷いて、湯飲みを置くとまた立ち上がった。そしてあの何食わぬ顔で部屋をあとにしようとして、ドアを閉める間際、くるりと振り返って此方に視線を遣るものだから、思わず間髪いれずに何よ、とだけ唸る。

「昔っからわかりやすいやつ」

彼はにやりと笑って、その悪どい笑みは将棋で王手をかけるときの表情とまるで一緒である、意味ありげに開けっ放しのカーテンの方を顎で指し示すと、今度こそリビングに下りて行った。

「…誰がよ」

再び一人部屋に取り残された私の負け惜しみは、彼に届いただろうか。何にも気付いてないくせに。ごろんと横になる。自棄になりそう。波々注がれたジュースが、窓からの日射しを受けてきらきら光っている。将棋の駒を踏んづけた裸足の足の裏は、まだ痛い。


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