はい、どうぞ…って、君か。
どうしたの?
この間の傷の調子はどうだい?
ああ、傷口が開いちゃってるじゃないか!
だから、しばらくは派手な動きは控えてって言ったのに……。
ほら、そこに座って。
新野先生?
この時間はお昼だよ。
傷口の包帯、自分で外せるだろう?
外したら、傷を表に向けておいて。
ねぇ、君さ、この間、ここで見た事……、他言してないよね?
あっ、ちょっと、消毒するから滲みるよ。
この薬は結構滲みるけど、我慢して。
……そんなに痛かった?
ああ、そうだった、この間の事。
留三郎と僕の事だよ。
うん、そうだよね。
ゴメンね、疑ったりして。
そういう関係なんですか?って、……んー、何?
どういう関係だって言いたいの?
アハハ。
ゴメンね、そんな固い顔しないでよ。
傷口が強ばっちゃうから、力抜いて。
ああ、そうだ。
君って東の山向こうの村の出身なんだって?
僕もそっちの方の出身なんだ。
って言っても、君の村より大分遠いだろうけどね。
えっ?どこかって…、君はきっと知らないよ。
いや、知らないって。
だって、もう無いんだから!
まだ僕が五つくらい時に、戦の巻き添え食ってさ。
大変?
うーん、あんまり大変っていう感覚は無かったかな。
まだ、小さかったしね、よく分からなかった。
大変だったのは、それから、父親と一緒に流れ着いた村での生活かな。
母親が戦で行方知れず、というか多分死んだんだと思うんだけど…、まぁ、そんなんでね。
一人身になった父親がさ、代わる代わる違うお母さんを連れてくるもんだからさ。
大体は、僕には優しい人だったな。
でも、一度、すごく恐かったことがあった。
新しいそのお母さんがさ、一緒に山菜を摘みに行こうって山に連れ出されてさ。
結構な山奥だったんだけど、気が付いたらお母さんがいないんだよ。
慌てて探したけど、一向に見つからなくて、村に帰るにも、帰り道もわからない。
そうこうしているうちに日が暮れて、夜になって……。
野犬や熊の出る山だったからね。
遠くで鳴き声が聞こえてくるのは、本当に恐かったよ。
でも、そういう時ばかり、僕は運が良くてさ。
獣に襲われる事もなく、僕は山を降りてしまったんだ。
自分の家に帰った時、お母さんが僕を見た瞬間の表情は今も覚えてるよ。
眉間に皺寄せて、舌打ちでもしたそうな位の顔だった。
結局、そのお母さんはすぐいなくなっちゃったんだけど。
えっ?今?
今は、どうだろうね。
実は、この学園に入ってから、あんまり家には帰ってないんだ。
いや、だって、年を取るにつれて、いろんな事に気が付くようになるだろう?
知らない女の人には気を使うし。
家に帰っても、落ち着かないし。
あとね、実は僕の父親、お酒が好きで。
飲むと、ちょっと酷くて……。
暴力にものを言わすっていうか……。
あれで、どうして、あんなに女の人が絶えないのか、不思議なんだけどさ。
顔が良い?それは無いよ。
だって、……僕とそっくりなんだ。
女の人が寄ってくるとは思えない。
なんだよ、知ってるよ、自分の顔くらい!
昔から、父が酔っぱらう度に不細工な面向けんなって殴られたもんだよ。
ああ、もう、やめやめ!顔の話は、やめ!!
まぁ、僕の両親はそんな感じ。
でも、なに一ついいとこ無しの父親だけど、感謝はしているんだ。
この学園にいれてくれたのは、父だから。
お金を払ってくれたのは入学金と最初の一年だけなんだけど。
でも、この学園に入らなかったら、今、僕はこうして君の手当をする事も出来なかっただろうし。
……ここにいなくちゃ、留三郎と出会えなかった。
僕がさ、自分の生い立ちの話をするとさ、皆、不幸だとか言うんだけど、僕は不幸じゃないよ。
だって、その行程があったから、今の僕が、ここでこうしているわけだろう?
だから、すべて必要な事だったわけだし。
戦で村が焼けて無くなったのも、母親がいなくなったのも、義理の母に置き去りにされたのも、父親に暴力を振るわれるのも……。
それに、僕の不運だって、そう。
一つだって掛けちゃいけなかったんだ。
そうしたら、留三郎は僕の方なんて気にも掛けなかったかもしれない。
留三郎がいるから、僕は不幸じゃない。
留三郎がいるから、僕は幸せなんだよ。

……なぁんて、ノロケちゃったかな?
ハハッ、忘れて、忘れて。
あれ?顔色悪いね。
傷が痛むかい?
包帯巻き直そうか?
えっ、いいの?
大丈夫なら、いいんだけど。
次の実技は、くれぐれも控えめに!

あっ!!


今の僕の話は、“絶対に”秘密だよ?



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