※オフ本【裏庭の魔法使い】ご購入の方に無料配布したコピー本の内容です。(配布終了)
※【裏庭の魔法使い】本編終了後のお話になります。

※現パロ高校生食伊



俺の不安をよそに、始まってしまった変人達との修学旅行。
日中のグループ行動までもが、どういう訳か部屋割りの面子になってしまい、どうにかこうにか一日目の夜に辿り着いた頃には、俺も伊作もすっかり変人達に溶け込んでしまっていた。


「しかし、 陸上部のエースも大したこと無いな。走り高跳びが専門じゃ、持久力が無くてもしょうがないか」
旅館の大浴場からの帰り道、勝ち誇った顔で上機嫌の潮江が言った。
陸上部のエースとは俺のことだ。
こいつは、昼間から何かとふっかけてくる。
つい今さっきまでだって、入っていた風呂でどちらがより長く風呂に入っていられるか≠フ勝負を争っていた。
「おい、あんまり調子乗るなよ、ギンギン野郎」
「俺に負けたのがそんなに悔しいか?」
「負けてないだろう! あんなのほぼ引き分けだ。それに、夕飯に食った米の量は俺の方が多かった」
ニヤニヤと笑う潮江の表情にイラッとして、彼の着ているパジャマ代わりのジャージの胸座を掴んだ。
互いに睨み合ったその時、ドンと背中に衝撃を受ける。
「うるさい、廊下で騒ぐな! 一般の宿泊客の迷惑だろうが」
後ろを歩いてきていた立花が、邪魔だと言わんがばかりに背中を拳で殴ってきた。
その隣にいる伊作も眉を潜めて俺達を見ている。
「そうだよ。それに二人ともあんな食べ方したら、消化に悪いし、幾ら若いからと言っても炭水化物の取り過ぎはよくない。風呂の長湯だって……」
伊作が熟々と延べ始めた蘊蓄に、潮江の表情が次第にうんざりとしたものに変わっていく。
「ああ、わかった、わかった」
「伊作は俺達のことを心配してくれているんだろうが! なんだ、その適当な返事は!」
「ああ? なんか言ったか?」
伊作に対する態度を切っ掛けに、再び俺達が顔を突き合わせたところ。
いきなり顔面に大きな手のひらが当てられ、もの凄い力でもって突き合わせていた顔を引き離された。
くぐもった声を上げる俺と潮江の間を、ドタドタと豪快な足音と共に通り過ぎて行くのは七松だった。
「はー、あっちぃあっちぃ」
彼は纏ったTシャツの裾を掴んでバサバサと揺らしながら、既に目前と迫っていた部屋の戸を開ける。
「おおお! 布団敷いてあるぞ!」
七松の上げた歓声に俺達四人は顔を見合わせ、部屋の戸に飛びついた。
覗いた部屋の中は、風呂に入る前、男六人の荷物で凄惨といえる程に散らかっていたあの部屋と同じとは思えない。綺麗に片付き、畳の上には六組の布団が敷き詰められていた。布団は三組ずつ横並びに、中央で頭を突き合わせる形で敷かれている。
「ひゃっほーい!」
七松が勢い良く片側のど真ん中の布団に飛び込み、手足をバタつかせた。
大柄な彼がそんな事をすれば部屋には埃が舞うし、ピンと張っていたシーツも布団も皺だらけになってしまう。
「小平太、やめろ! 布団がグシャグシャになっちまうだろ」
「なんだよ、文次郎はうるさいな。中年教師みたいなのは、顔だけにしろよ」
「っぷ」
確かに七松が言うとおり、潮江は疲れた中年教師の如く老けた顔をしているとは俺も思っていた。
しかし、今吹き出したのは俺ではない。
「おい、仙蔵」
「……」
潮江が見たのは立花だ。
だが、立花はそっぽを向き、そそくさと部屋の奥にまとめられた荷物の方へと向かった。それに続いて、いつの間に居たのか無口な中在家が部屋の中に入り、俺と伊作も風呂道具をしまう為に荷物の方へと向かう。
「あ、よっと!」
「おわっ!」
荷物を片付けていた俺は、七松の掛け声と共に放り投げられたそれの気配を察して、反射的にそれを避けてしまった。
「っんぐ」
「伊作!」
鈍い声に振り返れば、枕を顔面に食らっている伊作の姿。
七松が投げたそれとは、枕だった。
そして、俺が避ければ必然的に俺の後方にいた伊作に当たるのは当然で……
「い、伊作?」
「……」
ボロリと落ちた枕に伊作は沈黙のまま俯き、静かに枕を拾い上げた。その顔に今までに見たこともない様な形相を浮かべ、枕を持った手を大きく振りかぶらせた。
「なにすんだ、このっ!」
「よっ、と」
荒げられた声と共に放り投げられた枕は、一直線に七松の方に向かったのだが、そこはバレー部のエースアタッカーである。抜群の反射神経で向かってきた枕を叩き、その方向が変更されてしまう。
「「「「「あっ」」」」」
枕が向かった先にいたのは、部屋の隅の布団を静かに陣取っていた中在家の後頭部だった。
中在家以外の全員が同時に声を上げ、部屋はシンと静まり返る。
そして―――
「……ふへ、ふへへへ」
「……あーあ」
中在家が肩を揺らして不気味な笑い声を上げ始めると、七松が明らかに失敗したというような溜息を吐いた。
長次は怒ると笑うのだ、とあっけらかんと七松は述べる。
先に言えよ!と言いたかったが、先に言ってもらったところで、別段、状況は何も変わらなかっただろう。
「へへへへへっ」
口だけが笑っているという恐ろしい笑顔でもって、中在家から放られた枕は俺でも、伊作でも、七松でもない方向へ向かった。
「っ……」
それはボスンと音を立てて見事、立花にヒットする。
校内の女子にも、綺麗だと噂されているその顔に。
「ふっ」
立花は鼻で笑ったかと思うと、静かに自分の足下に落ちた枕を手に取り、近場にあった布団から枕をもう一つ手に取った。両手に枕を持ったままで、一言も発さずに部屋の奥側へと向かってゆらゆらと歩く背は禍々しいものを感じさせる。
最奥まで行ったところで振り返ると、両手に持っていた枕を次々に投げつけて―――
「……貴様」
「……何しやがる」
仙蔵の投げた枕は、それぞれ潮江と俺の顔にぶつけられた。
力一杯投げたのだろう。もろにぶつかった鼻が、ジンジンする。
「このっ、野郎!」
こうして、俺と文次郎も加わり本気の枕投げ合戦が繰り広げられた。



「おい、伊作、大丈夫か?」
「うーん」
枕投げは、七松の投げた枕にぶつかって伊作が倒れてしまった事で御開きとなった。
打ち所が悪かったのか意識は朦朧としているが、顔色はさほど悪くはない。
部屋の端の布団に寝かしてやる。
「目を回しただけだろう、心配いらないさ」
伊作の首筋を触っていた仙蔵がそう言った。おそらく脈を計ってくれていたのだ。
「もうこんな時間だ。明日も早いし、そろそろ寝るか」
「そうだな」
時計を見れば、とっくに消灯時刻は過ぎていた。そろそろ教師が見回りにくる頃かもしれない。
「……どうやって寝るんだ」
俺は部屋の布団を見渡した。
今までの枕投げでグチャグチャにはなっているが、原型は止めている。枕さえ元の通りに戻せば、このまま眠るのに支障はなさそうだった。
「俺、ここ!」
七松は、伊作が横たえられた布団とは逆側にある真ん中の布団にダイブした。
「……」
すると中在家は無言のままに、最初に陣取っていた布団、七松とは逆側の端、つまり伊作の隣の隣である布団に潜り込んでいる。
「どけ、食満」
「え?」
「俺は、そこで寝る」
伊作の横に座り、当然、伊作の隣で寝ようと思っていた俺の意表を突き、立花が綺麗な笑顔を浮かべて言った。
「な、なんで? そっちで寝ればいいだろう?」
「なぜ? お前がそちらに眠ればいいじゃないか?」
確かにそれはそうなのだが、それは立花も同じことだ。
俺ははっきり言って、ここで寝たい。伊作の隣の布団がいいに決まっている。
しかし、伊作と付き合っている事は二人の秘密であるので、それを理由にするわけにもいかない。
「それとも、お前はそこで寝たい理由でも?」
鋭い。
ニヤリと口元を歪ませる立花に俺は押し黙った。
「……さ、早くどけ。もう眠いんだ」
仕方がない、と遂に俺は諦めて立花の示す向かい側の方の布団を見た。
真ん中に寝ている七松は、既に盛大な鼾を掻いている。
「えええ! 寝るの早過ぎだろ」
まだ、部屋の電気も消していないというのに。
七松の向こう側の端、中在家と頭を付き合わせる布団では潮江が胡坐を掻いて、こちらを見ていた。
「俺はこっちで寝る。てめぇはそっちで寝ろ」
「お前に指図されたくねぇな」
「ああ?」
「うるさい! 寝ろ!」
再び頭に血が上りそうになったところで、立花の強い調子の声が浴びせられ共に黙る。
「文次郎、電気を消せ」
「なんで、俺が……」
「早く消せ」
結局は、立花の言うとおりに文次郎が部屋の電気コードを引っ張り、消灯された。




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