伊作が町で買い出しの用を済まして学園に戻ったのは、昼も過ぎた頃だった。
ミンミンと蝉は鳴き喚き、ダラダラと垂れる汗を手拭いで拭いながら、ようやく学園に着いた。
学園の門を潜ると事務員にサインを求められて、出た時と同じようそこにサインをした。
校舎に上がろうとして、中庭から賑やかな声がするのに気が付いた。
中庭で一番大きな銀杏の木が作る影の元。
真夏のさんさんと照る太陽の光から逃れる様にそこを陣取り、何やら騒がしくしている用具委員達の姿があった。
「食満せんぱーい、うまくいきませーん!」
「おうっ!今、見てやるから、ちょっと待ってろ!」
委員長である留三郎がそうしているように、皆、脱いだ上衣を腰に引っ掛け、黒の腹掛姿で何やら大掛かりに、木材を加工している。
伊作は彼等の姿に笑みを浮かべて、そちらに歩み寄った。
「やぁ、御苦労様」
「よう、伊作!」
歩み寄る伊作に気付いた留三郎は、屈んでいた態勢から上体を起こし、首に掛けた手拭いでこめかみの汗を拭った。
夏の日差しで日焼けし、常よりも黒くなった留三郎の肌の上、首筋から鎖骨に向けてツツッと汗が転がった。
留三郎の背後からの伊作せんぱ〜い、こんにちは〜というのんびりとした声に笑顔で挨拶を返す。
「町、行って来たのか?」
「ああ、今、戻って来た所だよ」
伊作は背負っていた荷を降ろして、ガサゴソと何かを取り出す。
「じゃーん!」
「なんだ?」
「なんでしょう?」
首を傾げる留三郎の前で、伊作は竹皮包みのそれをチラチラと揺らして見せる。
その後ろで、匂いで中身を察したのかしんべヱはうっとりとそれを見つめていた。
「用具委員の皆、お疲れ様!おやつがあるから、一端、休憩にしたら?」
伊作は留三郎を通り過ぎて、銀杏の木の下に腰掛けると、集まって来た用具委員の下級生達に竹皮包みを開いて見せる。
中身は団子だった。
一串に三つずつ。
用具委員が五人に伊作、調度六本ある。
すっかりその気になって、今にも団子に手を伸ばしそうな下級生達の姿に、慌てて留三郎は声を掛けた。
「おいっ!」
「何?作業中断はまずかった?」
「そういう訳じゃねーけど…。いいのか、その団子?」
「調度、六つある」
留三郎の懸念など微塵も感じない様子の子供達に、伊作は団子を一本づつ配っていってしまう。
「いつも、うちが壊した物を修理させてばかりだからね。保健の子達には、この団子の事、内緒にしてくれ」
伊作は笑みの形にした唇の前に人指し指を当てると、用具委員達の顔を見渡した。
皆が素直にコクコクと頷いたのを見ると、さぁ、どうぞと両手を開いて見せた。
「いただきまーす!」
下級生達が団子を食らいついたのを見て、留三郎はそこに歩み寄り伊作の隣に腰を落ち着ける。
「しんべヱ、ゆっくり食え。喉に詰まらせるぞ」
「フフッ、お父さんみたい」
「仕方ねぇだろ、他に面倒見れる奴がいねぇんだから」
伊作の言葉に、留三郎が頬を赤くする。
普段は犬猿の仲である文次郎と寄れば触れば喧嘩をし、ぶっきら棒な所もある男だが、基本的には面倒見が良いのだ。
自分を面白そうに見る伊作から逃れる様に、留三郎は木の根元に置いてあった竹筒から水を口に含んだ。
「駄目だよ、それは先輩達の分なんだから!」
団子を食べていた筈の喜三太から声が上がり、そちらを見ると、既に自分の団子を食べてしまったしんべヱが涎を垂らし、伊作の膝の上に乗った竹皮包みの上の団子見ていた。
竹皮包みの上には、団子が二本。
伊作の分と留三郎の分だ。
「ハハッ、しんべヱには、一本じゃ足らなかったな」
留三郎は苦笑し、自分の分の団子を手に取った。
「じゃあ、これは…」
「ずるいよぉ、しんべヱばっかり!」
「…」
留三郎が、自分の分をしんべヱにやろうとしてると気付いた喜三太は両手を振って、頬を膨らます。
その隣には、物こそ言わぬが眉根を寄せて、ジィッと留三郎の手にした団子を見ている平太がいた。
二人の手に握られてるのは、既に棒と化した串だ。
「喧嘩するな!しんべヱと喜三太と平太と一個づつ食べなさい」
「わぁい!」
喜三太が留三郎から団子を受けとると、三人で食べる順番を決め始めたようだった。
全くと溜息混じりで言うも、留三郎のその顔は穏やかだった。
「じゃあ、作兵衛」
「えっ、はい!」
伊作は、自分の隣に座っていた作兵衛の顔を覗き込む。
自分に話が振られるとは思ってはいなかった様子の作兵衛は驚いた様だった。
その手には、一年生と同じように棒になった串。
「残りの一本は、作兵衛と留三郎と私とで分けるとしようか?」
背後にあるお日様の光で逆光になった伊作の笑顔に、作兵衛はドキリとした。
「いいのか?甘いの好きだろ?」
「僕にもさせてよ、先輩面」
そう言って伊作は、作兵衛に団子を手渡した。
「また、買ってくるよ」

伊作は作兵衛の頭を撫でた。


【お土産、お団子、嬉しいな】


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10/07/27



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