【理解って欲しいの。】


「留三郎」
「何?」
留三郎は、伊作の呼び掛けに声だけで返事をした。
手元では、何やら、下級生には任せられないという、複雑な構造の備品の補修をしている。
夕飯も湯浴みも済んだ時間だというのに、長屋の自室でご苦労な事だ。
「留三郎くん」
「何だよ?」
もう一度、目の前の用具委員を呼んでみると、今度は、少し苛立ちを含んだ声が返ってくる。
相変わらず、伊作を見ようとはしない。
「何?」
「…別に」
伊作は、ふて腐れた様子で唇を突き出して言った。
が、留三郎はそれを見ていないから、意味が無い。
「あのさ、今、ちょっと手離せねぇから、後にしてくれ」
「…うん」
伊作は、留三郎の背を見ながら、自分の布団の上をゴロゴロと転がった。


暫くすると、補修が終わったのか、留三郎は、漸く伊作を振り返る。
「悪かったな。で、何だよ?」
「ふふふ」
伊作は布団の上に寝転んだまま、顎を手に乗せ笑った。
伊作がああやって笑う時は、大体、何か“おねだり”がある時だ。
例えば、人体実験させて…とか。
「新薬の実験なら、今日は勘弁してくれ」
「違うよ!」
「じゃあ、何だよ?」
「何だと思う?」
伊作は、ニコリと微笑んで見せる。
普段、何も無い時なら、可愛いと思うかもしれないが、彼が何を考えているのか、わからない今。
その笑顔が、恐ろしい。
留三郎は、伊作の問いには答えず、静かに立ち上がり、仕切を挟んだ向こう、自分の布団へと潜り込む。
「ねぇ、留三郎」
伊作は、それを追い、留三郎の布団の脇に座ると彼の掛け布団を引っ張った。
「ねぇ!」
「なんだよっ?」
「寝るの?」
「寝るよ」
即答する留三郎に伊作は眉を八の字にして、また唇を突き出す。
「眠いの?」
「眠い、超眠い」
留三郎は寝返りを打ち、伊作に背を向ける。
そうすると、伊作が寂しそうな声をあげた。
「ねぇ、留三郎」
「何だよ?」
「僕達、駄目なのかな…」
「はぁ?」
突然、何が駄目なのか?と、言葉の意味がわからずに伊作を振り返る。
「恋人として付き合っていくには、決定的な問題があったんだ…」
「何、言ってんだよ?」
決定的な問題?
何を言ってるんだ、コイツは?
留三郎は、伊作からの体を張らなくてはならない“おねだり”に、寝る間際になって応えたくなかっただけだが、どうやら違ったらしい。
「性の不一致ってやつだね…」
思い詰めた様子の伊作が言い放った言葉は、一瞬だけ二人の間に沈黙を生んだ。
「なんで?」
「…」
何がどうして、その結論に至ったのか、留三郎は伊作に問うが、伊作は悲しそうな顔をしているだけで答えない。
つまりは、多分…
「やりたいのか?」
留三郎が聞くと、コクンと伊作が頷いた。
「なら、そう言え!わかんねぇって!」
「だって…」
留三郎は伊作の腕を掴むとグイッと引っ張り、自分の上に引き寄せた。
「んっ…」
伊作の顎を掴んで唇を塞ぐと、軽く舌を絡めて一端離す。
「お前、これ、性の不一致とかじゃないからな」
「違うのかい?」
「馬鹿言うな!意志疎通の問題だろ?」
言いながら伊作の腰に腕を回し、双丘を夜着の上から両手で掴んだ。
留三郎は性の不一致よりも、意思疎通の方が重要な問題な気がしたが、とりあえず、今は心にしまっておく。
「…あっ」
「今度から、ちゃんと言えよ」
伊作の頬に唇を寄せて、留三郎は言った。

---------------------
09/10/15




back

- ナノ -