可愛いあの子を紹介します
 数日後、システムのテスト稼働結果には特に大きな問題はなかったとクライアントから連絡を受けた。追加で要望された箇所の修正をかけただけで、無事に終了の目処が立ったのでいつもより少しだけ早めに退社することができた。給料日後、ということもあってそのままショッピングモールへと向かう。
 あの日、調子に乗って呑んだウイスキーはそれ以来手をつけていなかった。今は、お酒はダメだ。そのことを実感し、ご褒美にするなら洋服かアクセサリーにしよう。と、以前から気になっていたワンピースを目的にすれば、少しだけ身体が軽くなったように感じた。



 久しぶりにゆっくりと一人で買い物をしたものだから、ワンピースは勿論、それに合わせたカーディガンとバッグ、他には新作の化粧品と仕事用の時計も新調してしまった。大きめの紙袋が一つと、小さいものが三つ。色とりどりのそれらを見ているだけで、なんだか楽しくなってくるのだが、それも数分すればなんでまとめてもらわなかったのだろうかと少しだけ後悔した。
 結局のところが、ショッピングモールを出る前の化粧室で全て自分で詰め直し、何とか仕事用の鞄と大きい紙袋だけに荷物を収めるとあまりの身軽さに思わず笑ってしまう。そして、気がついた。

「お腹減ったなぁ……」

 時刻は七時過ぎだった。身体は迷うことなく、彼ーー安室透の働く喫茶店"ポアロ"へと向かっていた。



***



「こんばんは」
「はーい、こんばんは」

 扉を潜ると、以前はいなかった女性スタッフの明るい声が出迎えてくれた。今日寒いですねぇ、良かったら奥のお席どうぞー。と優しい笑顔が向けられる。
 とても可愛い人。この店、従業員の偏差値が高くないか?と内心笑いながら、ありがとうございます。と以前と同じ、カウンターの一番奥へと足を進める。そして、少し迷いはしたがニコニコとこちらを見ている彼女にゆっくりと問いかけた。

「あの……安室さんは、今日はおやすみですか?」

 キョトンとした表情で「お知り合いの方ですか?」と答えた彼女は、その後すぐにハッとしたようにとても申し訳ない顔になった。クルクルと表情が変わるその様子に少しだけ笑ってしまう。
「もしかして以前にも来てくださってて、まさか私が覚えてないだけとか……だったらすごい失礼ですよねぇ、ごめんなさーい」
 顎に指を当ててうーん、と考える仕草を取った彼女に慌てて訂正する。
「あ、お姉さんとは初めましてです!なんだか誤解させてしまってすみません」
「そうでしたか。だったら安室さん、今買い出しに行ってもらってて、もう少ししたら帰って来ますよ」
 安心したように朗らかな笑みを浮かべた彼女は、荷物を持って立ったままの私に「あ、座って下さいね!」と言いながらパタパタとカウンターの中から出てきて、椅子を引いてくれた。

「わざわざ、すみません」
「お荷物はこっちの席にどーぞ。お買い物ですか?実は私もここのブランド好きなんですよー」
「そうなんですね!ずっと気になってたニットのワンピースがあって……思わず」
「もしかしてケーブルニットのやつですか!?」

 どうやら彼女とは気が合いそうだ。注文をするのも忘れて、買い物の報告と気になるコスメの話で盛り上がってしまう。梓さんと言うらしい彼女と話始めて、ほんの十分ぐらいだったのか、もしかしたらもっと経っていたのかもしれない……お店の扉が開くベルの音に二人して振り返れば「おや、こんばんは」とスーパーのビニール袋を手に穏やかな笑みを浮かべる彼がそこにいた。

「こんばんは、安室さん」
「丁度、円華さんにお会いしたいなぁと、思っていたので嬉しいです」

 またまた。本当に、さらりと言ってのけるくせに嫌味を感じさせないのはやっぱり彼の容姿が良いからだろうか。少しのトキメキと、うっかりでもこのペースに乗ってはダメだと言う警笛に心中苦笑する。
「えーなになにー?もしかして安室さんの意中の相手だったりして?」
 そんなわけありませんよ。と言う私の声と、ご想像にお任せします。という彼の声が見事に重なった。悪戯な笑みを浮かべて、買ってきた品物を作業台に置いた彼は、手を洗いながらチラリと時計を見て「円華さん、お食事は?」と首を傾げた。そうだ、私はここに夕食を食べに来たのだった。

「あ、ごめんなさい。私がオーダーも聞かずに話し込んじゃって!何か飲まれます?召し上がられます?」
「えーっと、軽く食べて帰りたいんですけど、オススメありますか?」
「それなら今日、安室さんが仕込んでくれたミートソースがとっても美味しくて!!」
「外は寒いですし、温まるようにミートグラタンにでもしましょうか」

 是非それで。と答えれば、いいなぁ。私も食べたいなぁ。と梓さんが羨ましそうに小さく溢す。どうにも彼女は自分にとても正直な人のようで、忙しなく変わる表情もその性格が存分に表れているのだろう。
「はいはい、梓さんはお仕事終わるまでは我慢して僕を手伝って下さいね」
 まるで親が子を嗜めるようなその様子が微笑ましくもある。本当に可愛い人だなぁ、と笑えばバツが悪そうにチラリとこちらを見ていた。



20200506
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