幕を引くなら宵のうち
シェリルの動かすナイフとフォーク、それから品の良い陶器の皿が触れ合う音だけがその場に響いていた。女性にしては少し低く、威圧的なグレイスのその声でその名を呼ばれても彼女は食事をする手を止める気は無いらしい。丁寧に食事を片付けていく様は、今時の若者にしては随分と洗練されているが、いかんせん空気が悪すぎてじっくりそれを眺める気にもならない。

「ごめんなさい、グレイス。私が悪いんです」
耐え兼ねたリラが口元をナフキンで拭ったあと、申し訳なさげに眉尻を下げた。
「いいえ。貴女が謝る必要はどこにもありません。どうせこの子の気まぐれに付き合ってくれたんでしょうから 」

「気まぐれですって?」

ようやく目の前の料理から視線を上げたシェリルが、心底不愉快そうにグレイスを睨む。快晴の空を写し取った瞳はその色とは裏腹に冷たさを滲ませていた。
「聞き捨てならないわね。私はいつだって本気だし何事にも全力よ。知ってるでしょう?」
「けれど、それがただの我が儘にならないように時と場合を考えなさいと言ってるのよ」
「先方にはちゃんと話を通したわよ!向こうのメリットも考えたし、納得させたんだから文句ないでしょ!?」
乱暴気味にテーブルのうえに置かれたシルバーに柔らかいオレンジ色の照明が反射して光る。ゆっくりと冷めていく真鯛のポワレを視界の端に捉えながら、アルトはどうしたものかと詰まりそうな息を吐き出した。

ーーごめんね

真向かいに座ったリラの口が、音を出さずにそう言った。





それからは、はっきりとどのぐらいの時間そうしていたのかは分からない。静かにけれども熱く繰り広げられるそのやり取りに、ただただ言葉も出せずに……かといって席を立つことが出来たかと問われれば勿論そんなことは不可能で、見兼ねた店のオーナーが間に割って入ってくれたことにより事態は何とか収束した。
未だどこかご立腹なシェリルの背中を追うように店を出るグレイス。ひやりと秋の夜風が首筋を撫でて、晴れた空には小さな星が微かに浮かんでいた。

20161215 Takaya
煌く星が笑ううち
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