微熱前線


――ケホッ

寝室から届いたその音にも大分耳が慣れていた。
お盆に乗せたグラスに水を注いで市販の風邪薬を添える。
花織はそれを手に臨也がいる寝室の扉を二度ノックすると返事を待たずに押し開けた。
ノックの意味がないなと思いながらも臨也はどうぞ、と呟く。

「全然食べてない」
「食べてないんじゃなくて食べられないんだけどなぁ」
ベットに横になり掠れた声でそう言いながら臨也は僅かに頭を持ち上げた。
「まぁいい。これ、薬」
ベッド脇のサイドテーブルに花織はお盆を静かに乗せた。
食べ残しのお粥にライトが柔らかな光を注いでいた。

もそもそと上半身を起こした臨也にグラスを押し付けながら花織は土鍋に残ったお粥に目を細める。
そして八割は残った白い粥をレンゲで少しだけ掬い口に含んだ。
まだ生暖かいそれは薄い塩気を一瞬にして口内に広げたが、あまりの味気なさに眉が寄る。

「花織、何してるの」
「勿体ないから」

二口目を口に運ぶも、もう既に口内がそれを飽いていた。
「風邪移るよ?」
薬を口に放りながら苦笑する臨也に、花織は今度こそお粥の消費を諦めた。
そしてベッドの空いたスペースに腰掛けて小さく笑う。

「アンタごときが撒いたウイルスにやられるほど柔かない」

そっと足を組んで肩越しに舐めるような視線を送る花織。
色素の薄い茶色の瞳は部屋が薄暗いせいか、臨也の瞳と同等の黒曜石にも見えた。
今日はえらく挑戦的だ。
錠剤が喉を通る瞬間の僅かな時間に眉をひそめた後、臨也は呟いた。

「いつも通り。まぁ百歩譲ってアンタがそう感じるのだとしても、それは――」

花織の細い腕が伸びて臨也の両肩を捕らえ、そのまま押し倒す。
サラリと頬をなぜたツートーンの茶髪が擽ったくて臨也は小さく笑った。
そして、花織の口が開くのを待つ。

「柄にもなく、アンタが弱ってるからよ」

「で、俺はこのまま花織に喰われちまうって訳かな」
鋭い花織の視線に射抜かれてもまだヘラリと静かな笑みを浮かべる臨也。
挑戦的なのはどちらの方だと花織はベッドに押し付けた臨也の身体に股がった。
はだけたワイシャツの胸元から除く鎖骨にそっと指を滑らせて囁く。

冗談。

熱を持った身体に冷えた指先が心地よかったのか臨也は薄く目を伏せた。
「アンタを食べるくらいなら温い残り粥食べてる方がずっとマシ」
「それは残念」

完全に瞼を閉じた臨也はそれ以上何を言うでもなく、緩やかに訪れる睡魔に身を委ねたようだった。
僅かに残る花織の体温にほんの少しだけ口角を上げて。



100221 Takaya




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