与えられる死を笑う女
厚い雲が冬の澄んだ夜空を覆い隠していた。 どしゃ降りの雨の中、鼻に残るのは血の臭いと自身の雨に燻らせた煙草のソレで、沸々と込み上げる怒りの残響に座っていたベンチの背凭れを殴り付ける。 些か右に傾いたそれに座ったまま、所々に飛び散った赤が滲んでいく光景を見ていた。
「静雄……」
側に転がる何処の誰ともしれぬ奴らを見回した後、花織はゆっくりと自分に近付いてきた。 どうしただの、何があっただのと月並みの言葉すら、降る雨と同じく煩わしい雑音。 冷えて感覚のない頬に花織の体温が心なしか沁みた。 「怪我……ない?」 「あるわきゃねェだろ」 差し出された赤い傘の下で、花織はホッとしたように、けれど今にも泣きそうに眉尻を下げた。
この女の一番嫌いな顔だった。
「帰れよ。見ての通り、今の俺は虫の居所悪ィんだ」「ヤだ」「物分かりの悪ィ女だな」「静雄程じゃナイよ」「ほー、殴り飛ばされてェってか、」「そんな自殺願望ありません」
相変わらず突き出した傘の下で、徐々に肩を濡らせていく花織は「でも」と柄を握る手に力を込める。 弧を描いた唇が一切の迷いなく歌でも歌うみたいに音を乗せる。 「静雄になら殺され――」 「それ以上言ったら、マジで殴りかねねぇから、ヤめろ」 血の付いていない左手を花織の口に押し当てた上に自らの言葉を重ねてソレを遮る。
この女の一番嫌いな台詞だった。
091127 Takaya
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