6.色は匂えど散りぬるを
色は匂えど / 切ない / 銀魂 / 攘夷


声がした。
浅い夢の淵で、懐かしい声がこの名を呼んだ気が、した。


「なぁ銀時……、     」


プツリと眠気が途切れる。開いた瞼は不自然なほどに軽い。思い出すことすら苦痛だった夢境から現実世界に引き戻されたというのに、その眼に映る世界のなんと粗悪なことか。静かに響き渡る雨粒が樋を打つ些細な音すら酷く気疎いのは気のせいではなかった。
徐ろに寝返りをうって目を瞑る。瞼の裏側に透けた光が眩しい。曇れど日はとうに昇っているからだ。故に、再び眠りに落ちることなど出来るはずはなく、元よりそんなものが理由ではないことにも薄々気付いていた。

「あーだりィなオイ……」
なんだって今更、そんな夢を見てしまったのか自分でも不思議で仕方がなかった。生憎、過去に固執して感傷に浸るような……そんなセンシティヴな人間には出来ていない。
あの女とは違って。

汗でベタついた額を手で覆うと、どことなく熱っぽさを感じて、参ったなァと掠れ声に呟けば、存外大きな声に煩わしい雨音がほんの一瞬消えたような気がした。



***



まるで昨日のことであるかのように、夢に思い出したその紅葉の色はたしかに鮮やかな血のように色付く赤だったと記憶している。肌に引っかかる冷たさを含んだ風が吹くたびに、枯れかけた枝から葉が幾枚も幾枚も落ちてきた。
その中でも、なるべく形の綺麗なものを選んで拾い上げながら女はどこか楽しそうに笑んでいた。
「踏みつけるのが勿体無いと思わないか?まるで赤子の手のひらのようじゃないか。血濡れた色ではあるが」
「例えの趣味がわりーだろ」
「それは思ってても言わないでほしかった。わたしの言葉のヴォキャブラリィが乏しいのはお前も知っているだろう ?」
5枚、6枚とその綺麗な手のひらに葉を重ねながら肩を揺らす姿から、地面に広がる紅葉の絨毯とは対照的に爽やかに澄み渡る青空へと視線を移した。
で、集めたそれはどーすんだよ。雲の欠片すら見当たらない空に白い影が幾つか横切っていく。鷺の小さな群だ。

「松陽の墓前に供えてやろうと思う。いい酒も手に入ったんだ。久方ぶりに3人で一杯やらないか?」



別段断る理由も見付からなくて、夕陽の橙と紅葉の赤が混ざり合う刻、静かに佇む墓石の前で女と胡座をかきながら盃を交わす。銘酒と言うだけあって確かにその酒は美味かった。口当たりが丸く、香りも上品。仄かな甘さの中にもコクがあり、あまり量を飲む性質ではない女も珍しいほどによく飲んだ。

「美味いだろう?」
「違ぇねぇ」

応えた先の顔は口を利かない冷たい石に向けられていた。ああ、そっちね。と自分を納得させて猪口に残った酒を一気に流し込む。喉を通り抜ける熱に緩やかな目眩に似たようなものを感じた。
風に揺れる金糸の先には、今にも泣き出しそうな横顔がある。薄く色づく唇を噛み締め、震える睫毛は見ているだけで痛々しい。
「勝手なヤツだ……誰も、こんなことは望んじゃいなかった。こんな……っ」
酒の力を借りたせいか、堪えきれなかった言葉が、雫が、静かに溢れる。細い指先が瞼を覆うように当てられた。風が止んで、虫の鳴き声が辺りに満ちていく。一瞬ののちの、静寂。
どのくらいの時間そうしていたのかは分からなかったが、目の前の震える肩を抱いてやることもできず、薄い雲に覆われて行く月明かりの下で、ただただその姿を見つめているのが、あの頃の自分には精一杯だった。

「……すまない。少し、飲み過ぎたらしい」

鼻をすする音の後に泣き腫らした赤い瞳とぶつかる。こんな話がしたくて誘ったわけではなかったのに、と酷く苦しそうに笑う顔から思わず目を背けた。
どうしたって、自分はこの女を救ってやることはできないのだと見せつけられた気がしたからだ。
「独り言か?なら聞いてねーな」
そのまましっとりと夜の気温に冷やされた土の上に身を投げ出して空を見る。微かな星の瞬きがあえかに笑うその表情と相まって哀しげに見えた。

「お前ってやつは……」

吐息が白く色づくにはまだ早いが季節は流れ冬になり、やがて春が来て夏を越えまた秋が来る。そうして、次の年も血色に色付いた紅葉の葉を拾いながら女は思い出すのだろう。
もう2度と帰って来ることのないその姿を追いかけることもできず、独り残された時を進め、いつしかその胸を裂くような哀しみすらまるで水面に浮かぶ月明かりのように霞んでいくというのに……

「なぁ銀時……、ありがとう」

だったらそんな顔をするなと言えたら、どれだけ楽だったのだろうか。涙の跡が消えない頬に優しく添えてやれるのは、確かに生きていた自分のこの手ではなかった。




◎あとがき◎
おそらく、松陽を愛してた女に憧れていた銀時的な感じで設定をしていたのではなかろうか、当時の自分←
とまぁ。折角立ち上げた企画なので、月日の流れには負けず更新していこうと思っております。

恋人ではないけれど、それに近い何かを意識をしていた二人(松陽&ヒロイン)のお話もゆくゆく書けたらいいなーとか有言実行できるように、ここに残しておきます。
世間的なハッピーエンドにはなれない人たち。それでも何か些細な幸せを感じながら生きていてほしい。

20170429 Takaya


← Back

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -