3.今夜 僕を守るために作った魔法
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名を呼ぶと耳朶を撫でるように響くソプラノが「なぁに」とシンクに流れ込む流水音の間からゆっくりと顔を出すように聞こえた。ザクリ、ザクリと等間隔でキャベツを刻む手を止めずに視線だけを持ち上げた彼女は、革のソファに沈むように座ってお気に入りのブランデーを舐める自分へと笑いかける。

「いや、なんでもない」
「嘘が下手ね」
「……なら黙って察してくれよ」
「はいはい」

キュッとカランを絞る音が聞こえたあと、先日彼女の誕生日にプレゼントしたフレグランスの香りが微かにその濃度を増して目を閉じる。その手の贈り物は、この女は自分のものなのだと、主張を通り越してまるで相手をぐるぐるに縛り付けるみたいで嫌いなんだと笑ったまだ青い頃の自分を思い出しては、鼻腔に染み込む甘い香りと共に、ひとつ呼吸を飲み込んだ。


そんなもん、自信と余裕のない男のすることだと思わないか、ジェームズ?


実に穴があったら入りたい。
若さとは時に残酷だ。写真立ての中で笑う悪友の笑みが一層深くなるのを感じた。

「それで?大きな甘えん坊さん」
「その呼び方はやめろ」
手の中にあったカットグラスが静かに奪われた。そして絡めるように指先が自分のそれと重なる。

「ほんと、わがままなんだから。でもそんな貴方が愛しくてたまらない私は救いようがないわねえ」

そう言ってそっと頬に触れた唇は冷えた指先とは裏腹に暖かい。


「Sirius,
Après la pluie, le beau temps」
“雨のあとはいい天気になるわ"


まるで、まじないのように唱えられたその言葉にリビングの窓を打つ雨の音が少しだけ薄れ、コトコトと緩やかな火で煮込まれる彼女のお手製のシチューの呼吸がいっそう鮮明になった。




◎あとがき◎
久しぶりの魔法。
強気で自信家で基本的には怖いもの知らずで自分の意志もしっかり持ってるけれど、ときどきポロっと弱さをこぼしちゃううちのシリウスさん。まだジェームズもリリーも無事な頃、大丈夫だって思ってても時々不安になってしまう、そんなとき彼のそばに誰が居てくれたんだろうかとか考えちゃって出来た産物。

Après la pluie, le beau temps
"苦しいことや悲しいことの後には、うれしいことや喜ばしいことがくるものだ"

そんな感じのフランス語の諺です。

title by OTOGIUNION
20180325 Takaya


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