19.君が飛べなくなるその前に
依存関係から / お任せ / DC / 赤井秀一


As usual it's a bad performance相変わらず下手くそだな

窓の傍に座り込み、一服をしながら腕に包帯を巻いていた女が静かに顔を上げた。微かに漂う硝煙の香りと噎せ返るような血の匂いの中で優雅に笑うその様は常軌を逸しているが、なぜだか彼女にはよく似合う気がする。
肩の高さで切りそろえられた髪は微かに緑を混ぜたような深みのある黒で、長い睫毛が縁取る綺麗な青色の瞳がじっとこちらを見つめている。昔からイイ女だとは・・・思っていた。
しかし、その数メートル足先で転がっている複数の死体を前にしては色気も雰囲気もクソもない。つい先程、赤井自身が200ヤード先から鉛玉を叩き込んで絶命させた相手と、それ以外の三名は目の前の女が全て始末した。どの死体もナイフで頸動脈を何の躊躇いもなく一撃で切られていることは一目瞭然だった。でなければ外傷に対する血液の量が不釣り合いでならない。
硝煙の匂いは今や命なき者たちが女を的に放ったものだと解した。

Then, would you do it?じゃあ、貴方がしてくれる?
It's a pleasure喜んで

ライフルバッグを足元に下ろし、血溜まりを避けながら彼女の元へと進む。体中に纏わりつくように血の匂いが深く濃くなっていく。彼女が任務につくとき、掃除屋がやたら依頼料を上げたがる気持ちが分かるような気がした。これは確かに後片付けが大変だ。

「また少し痩せたんじゃあないか?」
「あら嬉しい」
「褒めたわけじゃねぇよ」

ふふ、と小さく息を吐き出しながら笑う彼女の細い腕を取り、綺麗であるがやや骨張った鎖骨に視線を向けた。まるで自分の飼い猫だと主張するような趣味の悪いシルバーのネックレスが異様な光を放っている。ジンが彼女に与えたものだった。
赤井よりも三年程早くこの組織に身を潜めている彼女は、コードネームの他に"ジンの女"だという、本人曰く不本意極まりない肩書きを囁かれている。それでも身体の関係があるのは事実だから、特別否定をするつもりもないけれど。と自身を嘲笑ったときの顔は可笑しい話だが、悍しいほどに美しかった。その瞳に込められた静かな怒りに身体の芯が疼いた記憶も浅い。

「籠の中に閉じ込められた鳥は、そのうち飛べなくなると言われたわ」
「相変わらず回りくどい野郎だ」
「それが彼の美学なんだもの……」

乱雑な巻かれ方をしていた包帯を解き、傷口に当てられた布を外してため息をつく。射創ではなかった。研磨されていない荒れた木材のようなもので抉られなければこうはならない。木屑が混ざった血液が僅かに固まり始めている。お世辞でも世間ではこんなものを手当とは言わないだろう。
ちゃんと洗い流さなかったのか?と問えば、ここがキッチンならそうしたかもね。と紫煙を燻らせた唇が滑らかに呟いた。

「舐めてかかると腕一本軽く失うぞ」
「いっそ殺してくれれば楽になる」

この部屋を奴らが根城にしていたお陰で飲食品の類がいくつかあった。未開封のミネラルウォーターのペットボトルを見つけ迷うことなくそれを手に取る。滑らかな白い肌に不釣り合いな傷口に赤井は水を勢いよく流し掛けた。
そんな中、眉一つ動かさずに指先に挟んだ煙草の火口が灰に変わっていく様を彼女はじっと眺めていた。痛みを感じていないわけではない。そうあることに、慣れすぎているのだ。そして何事もなかったかのように再び煙草を咥えなおす。

「ジョディが泣く」
「貴方の方がよっぽど泣かせているくせに?」
「笑えないジョークはよしてくれ」

くくっと喉の奥で彼女が笑えば咥えた煙草の先から灰が落ちる。空いた手が胸元のネックレスに触れた。その手付きのしなやかさに包帯を巻きはじめた赤井の手が止まる。

「ねえライ……この鳥籠、壊せると思う?」

組織の目が向いていないこの場所で、彼女は赤井のことを馴染んだ“秀一”ではなく“ライ”と呼び、確かに憎いはずの男を“奴”ではなく“彼”と呼んだ。それを冷静に考慮すればジンが彼女に言った言葉も、最早強ち間違いではないということだ。

「壊してやるさ、必ずな」

お前が飛べなくなるその前に。
飲み込んだ言葉の先で、女が期待しているわ、と泣きそうな瞳で力なく笑った。




◎あとがき◎
薄々その正体を勘付かれていながらも、スペックの高さと証拠がないお陰で組織から存分に飼い殺しにされている赤井さんの同僚(であり大学時代からの悪友)。
お互いの外見だけなら“イイ女”と“イイ男”で認識しているけど中身を知っているから関係は一切ない。というよりはコレはなんか違うな、ってお互いに納得した過去がある。笑
赤井さんとは違って完全に組織の中枢に潜っているため、自分にとっての正義の輪郭がぼやけ始めていることと、組織に依存し始めていることに不安に思っているのを赤井さんに見透かされているそんな、感じ。

20181005 Takaya

← Back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -