▼君が好きだと囁いた、と少し繋がっています。
▼カル御♀表記ですが、白御♀でもあり鳴御♀でもあります。







 ハニーこと、御幸が稲実に来たにはわけがある。本来は稲実ではなく青道に行くつもりだった!と叫んだのは鳴と大喧嘩をした時だった。
 「鳴が私の親を丸め込んで、私の青道の入学願書を破り捨てたから稲実に来たんじゃん!」と鳴の胸倉を掴みながら叫んだ姿は脳裏に焼き付いて離れない。薄っすらと涙を浮かべた表情に、興奮したのは言うまでもない。その後に続けられた言葉で背筋が凍ったのも確かだ。
 「離れたところで呪うより、近くでジワジワ痛めつけた方がいいだろ?」と胸倉を掴んだままニヤリと笑ったのだ。そこにいた全員がゾッとした、と後で語っていた。成宮だけはそれを見てニコニコしていたのだが、やはりあいつは少しおかしい。美人が怒ると怖いんだな、と呑気に考える自分もいたのが笑えたが。
 鳴から御幸を引き離すのが俺で、役得だな、と思った。ボディタッチはよくする方だし、御幸に触れるのはあれが初めてではなかったけれど、怒っている美人に触れられるというのがツボだったのかもしれない。さりげなくお腹をポンポンと優しく叩いても文句を言われなかった。
 鳴と御幸がなぜあんな大喧嘩をしたのかは謎だが、白河が舌打ちをしていたので、もしかしたら二人が尊敬する“クリスさん”のことに関してだったのかもしれない。
 御幸はその“クリスさん”を追い掛けて青道に入学するつもりだったらしいが、それを許さなかったのが王子様の成宮鳴だ。自分を御幸の王子様だと言う傲慢さは尊敬する。御幸も御幸で鳴を私の王子様と言うのだから、満更でもないのだろう。出会った時期はそんなに変わらないはずなのに、俺たちと二人は何かが違う。その何かを明確にするつもりはない。
 お互いを下の名前で呼ぶという“特別”な関係というだけで妬けてしまうというのに、明確に示してしまったら狂ってしまいそうだ。自分が彼女に向けている感情は恋愛のそれなのか家族愛のそれなのかまだ定かではないが、愛していることには違いないので嫉妬してしまう。
 色素の薄い髪に自分の指を絡めると、ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻腔を擽った。やはり女の子は甘い匂いをさせている方がいい。自分の膝の上に乗っている御幸のお腹をそっと撫でると、抗議の声が上がった。

「こら」
「なんだいハニー」
「擽ったいからやめろ」
「お腹冷えたら大変だろ?」
「セクハラだって言ってんの」
「怒らないでよ。可愛い顔が台無しだよ」
「それ、他の女の子にも言ってんだろ」
「女の子はみんなかわいいからな」

 自分を“特別”に扱わないのが不服なのか頬を膨らませているらしい。そんなことしたって可愛いだけなのに、わかってやってるのかいないのか、ここにいま見知ったメンバーしかいないのが幸いだ。こんな可愛い姿をクラスメートに見せるわけにはいかない。
 先ほどから白河が睨んでいるが、どれに対して腹が立っているのかはわからない。彼女が俺の膝の上に腰掛けているのが腹立つのか、会話についてなのか、彼女が頬を膨らませているからなのかは知る由もない。
 この状況はとてもおいしいのだとは白河もわかっているだろう。マドンナ的存在の御幸を膝の上に乗せて腹に腕を回すなんて、恋人同士がするようなそれなのだから。御幸がわざわざ白河に近付いて膝の上に乗るなんてことするわけがないので、これが許されるのは自分と鳴くらいだと思っている。
 なのだが、御幸が白河と何かあったらしいのは明確だった。一昨日の昼休み、自分たちのクラスに訪ねてきた御幸が白河がいないなら探して来る、と言って飛び出して行った後、機嫌のいい白河と顔を赤くした御幸が一緒に戻ってきたのが全てを物語っていた。「何してきたんだ?」と尋ねたら「イイコト」なんて白河らしくない答えが返ってきて何があったか知らないが鳴にバレないといいな、と助言をしておいた。
 嫉妬をしなかったわけではないが、友人が幸せそうにしているのは非常に嬉しい。だが、彼女の王子様は成宮鳴なのだ。俺たちがなれるのは彼女を護る騎士くらいだろう。鳴には勝てないし、勝つとも思えない。勝つ気すら、ないのだ。

「はー」
「なんだよ、ため息なんて」
「カルロスは女心がわかってないなぁって」
「ハニーだって男心をわかってないだろ」
「そんなことない」

 ハニー、と呼ばれることに抵抗を示さなくなったのはいつだっただろうか。項に顔を埋めるとピクリと体を揺らした。かわいい。すん、と匂いを嗅ぐとシャンプーの匂いと御幸の匂いが混ざっていた。好きな匂いだ。このまま綺麗な項に噛み付いてやりたいけれど、御幸は俺の恋人ではないので独占欲を周りに見せつけるわけにはいかない。
 「経験人数なんて数えられない。だって誰とも何も経験してないから。」なんて御幸が言った時は興奮を抑えられなかった。隣に立つ御幸を抱き締めて口付けて鎖骨に痕なんか付けちゃったりしたかったのだが、部活中なのでどうにか抑えた。その後、ボールを拾う御幸の手を取り、指先に口付けたのだ。ボールを地面に落とし、顔を真っ赤にして慌てていた姿が印象的だった。あー、これは本当に何も経験していない綺麗なままなのだろうな、と確信したが、それを汚すのは自分ではないのだろう、とも確信した。それが王子様なのか、憧れの君なのか、全く相手にしてくれないうちの扇の要なのかはわからない。自分と白河ではないことは確かだ。
 恋かどうかはわからないが、報われないのにわざわざするつもりはない。特に王子様は、敵に回したくない。

「男心がわかると?」
「まぁね」
「じゃあ、いま俺が何をしたいかわかる?」

 膝から降りてから俺の方に向き、股の間に膝を立てて、俺の首に腕を回し、屈んで耳たぶに噛み付いた。なにが何も経験していないだ。未経験でこんなこんないやらしいことを出来るのか。御幸の肩の後ろに見える白河は、目を見開いてこの状況を瞳に映している。
 御幸の腰を掴み、自分の上に向き合うように座らせた。漏れた喘ぎは直接耳に入り俺を興奮させた。

「どうせするならココでしょ」

 そう言って指で唇を指したら頬をカッと赤く染めて顔を逸らした。瞬間に見えた白河がギロリと睨む。おいおい、御幸はお前のじゃないだろ。耳たぶを甘噛みするくらい大胆なくせに唇を触れ合わせるのはダメだなんて、よくわからない。白河がそんなに睨むのもわからない。
 と思ったけど、なんとなく、察した。分かりづらいなんて言われてるけれどこいつらは大概分かりやすい。

「ほらハニー、してよ、ココに」

 逸らしていた顔をこちらに向け、ゆっくりと唇を近づかせる。チラリと見た白河が舌打ちをした。その後ろには、青筋を立てている王子様。

「ぬぁにをしているのかなぁ?」

 ビクッと肩を揺らして振り返った御幸は、焦った顔をしていた、と思う。振り返った瞬間の表情なんて一瞬でわからない。慌てて俺の上から降りようとしたのを制止させた。

「ちょっとカルロスなんで止めるの」
「急に降りたら危ないだろ?そんなに急がすなよ」
「俺は怒ってるんだよ!」
「あんまり迫力ないな」
「なんだと!」

 御幸にゆっくり降りな、と囁いたら短い返事が返ってきた。肩に添えられた細くて綺麗な指が、グラウンドで口付けたことを思い出させた。
 鳴が御幸に近付き、ギュッと抱き締めた。首筋に顔を埋め、匂いを嗅ぐ仕草をした後に、額と額を合わせた。魅惑の空色の瞳に、釘付けになっているのだろうか、御幸は何も発さない。

「めっ!だよ」

 子供に言うような言い方に、吹き出しそうになるのを必死に耐えているのは俺だけではないらしい。白河も口を抑えている。御幸も笑っているのか、肩が揺れている。ただ、王子様だけが真剣に言っている。おかしい。笑うなと言うのが無茶な話だ。我慢出来ずに吹き出すと、鳴が御幸を抱き締めて俺を睨んできた。おー、怖い怖い。

「なぁに笑ってんの」
「いや、めっ!はないだろうと」
「なんで?かわいいじゃん」
「お前は自分が可愛いと思ってんの?」

 今まで口を閉ざしていた白河が、信じられない、という顔で鳴を見つめている。鳴は背中を向けているのでそれに気付いていないが、ムッと眉間に皺を寄せた。

「ほらほら〜かわいい顔が台無しだぜ?」
「バカにしてんのかバカルロス」
「はは、こんな挑発に乗るなんてほんと坊やだねえ」
「うわ!ムカつく!」

 白河の表情が和らいだのを見て、御幸が機嫌を取っているのがわかった。一体いつからそんな仲に、なんて言わずもがなだ。付き合っているわけではないのだろう。何かが変わったというのなら、チームメイトから友人に格上げされたくらいだろう。仲がよくなったのはいいことだ。元より仲が悪かったとは思えないのだが。憧れのあの人のことを話す時の二人は、とても微笑ましく、そのままでいてほしいと思うくらいだ。

「おめぇらいつまで遊んでんだ。早くしろ」

 鳴の女房に声を掛けられると、御幸は幸せオーラを飛ばす。構ってくれ、とあの大きな瞳で見つめるのを、雅さんは無視をする。そんなことができるのは、きっと雅さんくらいだろう。
 鳴が御幸から離れ、手を繋いで雅さんの元へと駆け寄った。やはり俺たちは騎士にしかなれない。御幸の王子様は、これから先もずっと、成宮鳴しかいないのだ。

2014/10/26 07:18

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