きっかけは、カルロスの言った「お前って御幸のこと嫌いとか言ってるくせにベタベタくっついてるよな」という言葉だった。くっついてなんかいないだろ、そう思ったがくっついていた。これはよくない。俺がくっついてるのは結構な問題のはずなのに、御幸は全く気にした様子が無い。男として、異性として見られていないということだろうか。と考えて他の奴のことを思い浮かべる。
 成宮もカルロスもくっついているし、御幸は嫌そうな顔をしていない。ということは、この二人も異性としてみられていないのだろう。多田野はどうだろうか、と考えたがあいつが御幸にくっつくわけがなかった。御幸は多田野と降谷をとても可愛がっているが、それは家族愛のようなものだろう。降谷がくっついている時の御幸は、好かれているという自覚があるらしく、いつも表情を明るくさせる。腹が立つ。
 原田さんのことを尊敬しているのかなんなのか、あいつは話しかけられるとうっとりとした表情になり、背筋を震わせる。あれは、自分を征服してほしいという表情だ。あの人と話したい、あの人に触れてほしい。そんなゆるっゆるな表情を浮かべた御幸が、俺は好きでは無い。
 なぜこんなに腹が立つのか、それは、俺があいつを嫌いではないからだろう。

 御幸と出会ったのは中学の頃、シニア違いだが同じリーグにいて野球をやっていた。眼鏡を掛けた、チビの、整った顔に舌打ちをしたのを今でも思い出せる。まだ出来上がっていない小さな体であの場所を守ることに、なんだか腹が立った。強肩だが他の選手のせいで才能が活かせていないことには哀れだと思った。チームメイトに恵まれていないのは、可哀想だ。
 試合が終わり、礼をしたら御幸がクリスさんに近付いて何やら話をしていた。照れた表情に、男のくせになんて顔をするのだ、と俺を苛立たせた。話がおわったらしい二人は手を振り別れ、クリスさんは戻ってきた。

「…あの男と何を話していたんですか」

 我ながら女々しい質問だと思った。きょとんとしているクリスさんは頭にクエスチョンマークを思い浮かべているようだった。関係のない俺が、何を話していたか気にするのは、やはりまずかったかもしれない。

「白河」
「はい」
「男って御幸のことか?」
「? ええ、そうです」

 クツクツとクリスさんが口元に手を当てて笑い出した。こんな姿を見れるなんて思わなかったので、俺はサッと視線を逸らした。と同時に、なんでこの人がこんなに笑っているのかと考えを巡らせた。
 『男って御幸のことか』という言葉から考えられることを、頭の中に浮かべて行く。

「あの、」
「うん?」
「あいつって、その…」
「御幸は、女の子だよ」

 かわいい子だよな。と言って御幸を見つめるクリスさんに、なぜか頬が熱くなった。好き、なのだろうか。

「女の子って、男より背が高いものだと思ってました」
「成長は人それぞれだよ」
「そうみたいですね」
「女の子扱いをしろとは言わないが、あまりからかってやるなよ」
「からかうほど仲はよくないですよ」

 ぶっきらぼうに言ったら、苦笑いされて頭を撫でられた。それが嬉しくて、頬が緩んだのだって忘れない。御幸と出会った時のことを思い出すと、クリスさんのことを同時に思い出す。あんなに幸せだと感じた日々を、あれ以上に幸せだと感じる日が来るのだろうか、なんて考えてみたりして、幸せと同時に、少しだけ感傷的になる。

 そんなことを考えている時に必ずそばにいるのが御幸というのは、本当に癪だ。

「なんだよ」
「勝之ちゃんが寂しそうにしてたから慰めにきたの」
「勝手なこと言うな」
「うん」
「お前が寂しかっただけだろ」

 昼休み、今日はいつものメンバーと飯を食べる気分ではなく、購買で買ったパンとお茶を持ち、中庭に来ていた。秋のひんやりとした風が、俺の頬を冷やす。周りに誰もいない、一人の空間。ベンチは冷えていて、少しだけ尻を冷やした。
 寒くなってきたというのにカルロスは長袖のワイシャツの袖を折って肘まであげ、前のボタンを二つも開けていた。全裸にならないだけまし。というのが俺の出した答えだ。それを見たくなかった、というのも中庭に一人で来た理由の一つでもある。
 それなのに、御幸は俺を見つけ、隣に腰掛けた。左隣に置いていたパンとお茶を膝に乗せ、ぴったりと密着してきた。それだけでもなんとも言えない気分になるというのに、この女は自分の腕を俺の腕に絡めてきた。あの時とは違う、成長した胸が当たって動揺する。それを悟られないように舌打ちをした。

「なんなんだよ」
「教室にいなかったから」
「は?」
「ここ、さむいし、ほら」

 制服のポケットから取り出したのは、オレンジ色のキャップをしたお茶のボトルだった。気を遣うのは、投手だけじゃなかったことを思い出した。
 性格が悪く意地も悪い、素直じゃないし自分の心を見せないこの女は、誰よりも人を見ていて気遣って、俺たちをサポートしている。こんなできたマネージャーは、他のチームにはいないだろう。
 これは、決して嫉妬ではない。他の選手にも同じことを、しているのだろうかと思うと胸がチリチリ痛む。が、これは嫉妬ではない。
 すり、と肩に頭を寄せてきた。無理やり持たされた温かいお茶は俺の右手に収められている。冷たい風が吹き、御幸の肩が震えた。

「もっと厚着してこいよ」
「だって、急いで来たから」

 この女は狡いのだ。全員に気を持たせるようなことを言って惑わせる。あの時、クリスさんに言った言葉だって気を持たせるような内容に決まっている。チリ、とまた胸が痛んだ。舌打ちをした。

「舌打ちやめろよなー。こぉんな可愛い子が隣にいるんだぞ?」
「自分で言うなよ」
「可愛くない?」
「さぁな」

 オレンジ色のキャップを取り、お茶を口に含む。その様を、御幸がジッと見つめる。

「ねぇ、ひとくち、」

 ちょーだい、という言葉は、俺の空耳かもしれない。
 御幸は俺に口付けて、口に含まれていた少量のお茶を盗んでいった。顎を伝うお茶が、制服に濃い染みを作る。うっとりとした顔で俺を見上げ、「もっと」と小さな声で言う。裏庭ならまだしも、ここは中庭で、誰が来るかもわからないし、教室から見えないというわけではない。これが他の女子ならまた違った反応を見せるのかもしれないが、御幸だとまずい。野球部の部員は、なんだかんだで御幸が好きで、恋をしているなんて言っていた人だっているくらいだ。その、マドンナ的存在の御幸と、自分がキスをしただなんて誰かに知られたら、何が起こるかわからない。
 この女を、「俺のお姫様!」という成宮に知られるのが、一番まずいのだ。

「ふざけんな、」
「あっ、えっ…」
「あ?」
「ご、ごめん…ほしくて、ちが、したくて…?」
「はぁ?」

 顔を真っ赤にしてあたふたと慌てている御幸は、絡めていた腕を解き、ベンチの端へと移動した。眉を寄せて視線を彷徨わせ、頬に手を当て泣きそうな顔をしている。わけがわからない、という感情よりも、こんな御幸を見るのは初めてで、もっと見たい、という感情が勝ってしまった。
 端に移動した御幸のそばへと寄る。膝から落ちたパンのことなんて、気にしていられない。

「なんだよお前、なに慌ててるの」
「ちが、ちょ、あの…」
「初めてじゃあるまいし」

 言った瞬間、御幸は顔を真っ赤に染めた。嘘だろ、あの御幸が、誰ともキスをしていない?清い?そんなわけがあるはずない、なんて失礼なことを考えてから、稲実に入ってからのことを思い出す。
 稲実に入ってからは野球部のマネージャーとして放課後には部活に参加し、部活が終わったら寮へと戻って行くという生活をしている。休みなんてほぼなく、御幸は部活を休んだことがない。たまの休みだって出掛けるでもなく部屋でスコアブックを眺めたり、成宮と一緒にいたり、いつものメンバーでのんびり過ごすだけだ。恋人を作る暇なんて、部員と同じであるわけがない。
 人を寄せ付けないオーラみたいなものが出ているらしく、御幸はあまりクラスの人間とも仲が良くない。告白をされたというのは聞くが、「野球部が忙しいから」とかなんとか言って断ったのだと成宮に言っていた。
 中学時代のことは知らないが、遅くまで練習をしていたと言っていたし、高校でああなのだから、中学でも友達と言われる人間はいなかったと見える。とすると、この反応は間違いではない、のだろう。
 そう思った瞬間、俺の頬がカッと熱くなった。この女はきっと、経験豊富で色んな男と遊んでいたのだろうと勝手に思っていたが、真逆だった。誰のものにもなったことがない、御幸に、興味が湧いた。
 ああ、こういう女を魔性の女と言うのだろうか。

「ファーストキスを俺に捧げて良かったわけ?」
「だ、だって、しょうがないだろ!白河が飲んでるお茶が飲みたくて仕方なかったんだよ!」
「俺も、ファーストキスなんだけど?」
「え、え、ごめん…」
「まぁ、しちゃったもんは仕方ない」
「そ、そーだよな!」
「これをいかに成宮に気づかれないようにするかだよ」
「あっ…」
「てっきり成宮と済ませてると思ってたよ」
「め…成宮にはほっぺにはされたことあるけど」

 チリ、とまた胸が痛む。なんだそれ、口はしてないけど頬はしてるって、どういうことだ。成宮と御幸の関係を表す言葉がわからない。友達と呼ぶには度が超えていて、恋人と呼ぶには幼い。けれど二人には二人しかわからないものがあるらしい。その度に、俺は疎外感を抱いていた。きっと、これは俺だけではない。
 名前で呼ぶのだって、嫉妬を煽るだけだというのを、成宮も御幸も知らない。

「御幸」
「な、なに?」

 耳元に唇を寄せて、想いを囁いた。
 カッと顔を真っ赤に染めた御幸がベンチから落ちそうだったから腕を取って支えたら、いやいや、と首を振って拒否された。それがこの行為に対しての拒否なのか、俺の想いへの拒否なのかわからないけれど、こんな御幸を見るのはやっぱり悪くなくて、もっと見たいと思ってしまうくらいにはこいつに落ちている、らしい。
 何度でも言うが、俺は、こいつを嫌いではない。

2014/10/25 03:54

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