服の裾をくい、と何かに引っ張られた。視線をそちらに向けると、さっきまで机に伏せていたはずの御幸が、俺の服の裾を掴んでいる。
 待って、行かないで、ここにいて、そう訴えているようで、自然とため息が出た。悪い方に捉えたらしい御幸は、肩を小さく揺らした。それも、よく見ていないと気づかないくらいの小さな揺れだ。それに気付いてしまうのは、俺がよく人を見ているからか、それとも、こいつのことを見ているからか。どっちでも、いいと思った。
 掴んでいる手に自分の手を重ね、そっと撫でる。

「今だけは、世界におれとお前の二人しかいないみたいだな」
「…らしいと言ったららしいし、らしくないと言ったららしくない言葉だな」
「うるせ」
「もう少し、このまま」

 服から手を離して、俺の指に絡めた。ひんやりした冷たい手が、俺の体温と混じり合う。こういう時に、好きだと感じてしまうのだから、恋愛というのはわからない。

「好きだ」
「な、んだよ、急に」
「好きって言葉以外で何か伝えてぇと思ったけどよ、思い浮かばなねーんだわ。だったら、好きって伝えた方がいいだろ」
「…お前って、なんでそんなかっこいいの」
「んんん?なんだって?御幸チャンもう一回言ってごらん?」
「かっこいいって言ったんだよ洋一クン」

 顔を上げず、伏せたまま言った言葉に、照れ隠しはうまくやれよ、と思った。耳が真っ赤で、照れてるのなんてすぐにわかる。繋がれた手はそのままに、御幸の隣に腰掛けた。
 伏せた御幸に擦り寄り、耳元で「愛してる」と言えば、やっと顔を上げた。真っ赤な顔で眉を寄せて繋がれた手とは反対の手で耳を押さえる。

「ばか!ばかもち!」
「好きなくせに」
「いつも言わないくせに!」
「俺よりお前の方が言わないだろ?あ、セックスしてる時は言うか」
「やめ、おま!ここ食堂だぞ!」
「俺とお前しかいねえよ」
「ばか……すき」

 消え入りそうな声で、視線をずらして呟いた。その姿に、その言葉に、背筋がぞくりと粟立った。
 机の上に広げられたスコアブックを引っ掴んで御幸を無理矢理立ち上がらせた。痛い、という声を無視して寮の階段を駆け上がり、御幸の部屋に入る。うるせぇ!なんて声が聞こえた気がしたが、そんなの気にしている余裕はない。
 御幸をドアに押し付けながらキスをした。持っていたスコアブックが床に散らばる。それを指摘させないように、深く深く口付ける。絡めていた指をやっと解き、腕を掴んだ。
 眼鏡、邪魔だな。そう思いながら腕から手を離し、鍵をかける。カチャリ、鍵の掛かった音を聞き、御幸はとじていた瞼を開いた。
 荒い息が、真っ暗な部屋に響き渡る。「みゆき、」もう一度、口付けようとした瞬間、ドアがドンドンと叩かれた。声も上げず大きく肩を揺らした御幸が、涙目で俺に抱きついて来た。役得だ、ドアを叩いた奴、いい仕事するじゃねぇか、と呑気に考えていたら騒がしい声が響く。

「御幸一也〜!いるのはわかっている!オレの球を受けろー!」
「御幸センパイ…僕の球を受けてください」

 これが三年生や二年生なら、気を遣ってそっとしておいてくれたかもしれないが、こいつらはそんなことをしてくれない。そもそも、俺たちの関係を知らないのだし、気を遣うことだってできるはずがないのだ。
 ドア一枚隔てた向こう側には一年二人が御幸を求めている。小さい声で、くらもち、と名前を呼ばれれば何を伝えたいのか分かって嫌になる。もう少し俺が馬鹿なら、このままベッドに雪崩れ込むことだってできたのだ。
 くそ、と心の中で呟いた。抱きついていた御幸から離れ、唇を舐めてから噛み付いた。御幸の眉間に皺が寄ったのが、空気でわかった。

「お前ね、」
「うるせー。俺はもっとしてぇんだ」

 暗闇になれた目で、御幸の顔を見れば案の定、やらしい表情で俺を見ていて、再び背筋が粟立った。

「ほら、行けよ」

 噛まれた唇をペロリと舐めた御幸が、ドアの方を向く。鍵を開けて、ドアを開く。ドンドンと叩いていた音が止み、向こう側から沢村と降谷の声が聞こえた。
 くそ、なんだよ、俺より投手様を優先するのかよ。なんて分かり切ったことを思い、頭を掻いて、御幸のベッドに腰掛ける。

「わりぃけど、俺いまやることあるの。明日受けてやるからもう寝ろ」

 そう言ってドアを閉めて鍵を掛けた。電気を付けないまま、俺が座るベッドの方へ歩いてきた御幸は、しゃがんで俺の膝に頭を乗せた。
 すり、と効果音が付きそうな頬擦りをして、ニヤリと笑った。(気がした、)

「いーのかよ、お前の投手様をほったらかして。まだドア叩いてるぞ」
「投手様より旦那様の方がいまは大事なんだよ、洋一クン」
「へーへー、そうかよ」

 旦那様、なんて言われてしまえば単純な俺はさっきまでの下がった気分がどこかへ飛んでしまうくらい晴れやかな気持ちだった。ドンドンとドアを叩く音はまだ鳴り止まない。

「おめぇらうるせーぞ!手を大事にしろって言ってんだろ!もう明日も受けてやんねーぞ!」

 御幸がそう言えば、ドアを叩く音は鳴り止んだ。沢村の、「くそ!明日は絶対に受けて貰うからな!」という声と共に足音が遠退いていく。

「ほら、いまも、世界に俺とお前だけだ」

 食堂で言った俺の言葉を、今度は御幸が口にした。愛しさが込み上げ、今すぐ激しく抱いてしまいたいと思った。

「御幸」
「ん?」
「激しいの、しようぜ」
「お手柔らかに」

 ニヤリと笑った御幸が、俺の膝に乗り上げて来た。服の中に手を潜ませながら先ほど噛み付いた唇を労わるようにキスをして、そのまま後ろのベッドに倒れ込む。
 倒れ込む瞬間に聞こえた小さな喘ぎはいい興奮材料だ。それだけで、自分のモノが熱を持つのが分かる。それを感じたらしい御幸は、俺から視線を逸らした。

「なあ、いま、すげーやばい」
「わかんねえよ」
「お前とセックスしたい」
「…、い、いまからするんだろ」
「おう、そうなんだけどな、言葉にしたくなった」
「ばか」
「おう、いいよ、ばかで」

 額と額をくっつけ合う。やっぱり、眼鏡邪魔だよな。背中に回していた手で眼鏡を外す。眼鏡してよーがしてまいがイケメンなんだから腹が立つ。まあ、その腹が立つ顔も好きなのだが。眼鏡を枕の方へほっぽって、何度目かのキスをした。やっぱり、眼鏡無い方がしやすいよな。
 ここからは意味のある会話なんてしなかった。吐息や喘ぎ声だけが響く部屋で求め合う。本当に、世界で二人きりになれた気がした。


2014/10/08 02:39

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