2014/12/04にアップした小話の続きのようなものです。






 視線も体もまっすぐに、練習している部員に向けて、彼の隣にそっと立つ。その低い声で紡がれる言葉たちをノートに記して、チラリと彼の姿を捉えて、けれどそれを気づかれないようにすぐに視線を戻す。
 こんなに近くに立っていたら鼓動の音が聞こえてしまうかもしれないと、また、鼓動は速度を増す。
 一年の秋ごろ、私は想いを打ち明けてしまった。なぜそんなことをしてしまったのか、当時の私は気が狂っていたのかもしれない。
 想いを告げた放課後は、今日のように晴れていた。今日の様に部員たちが一生懸命に練習をしていた。その中で、私は自分の気持ちが抑えられなくなってしまったのだろう。
 みんなが、練習しているっていうのに、自分だけ色恋に悩んでいるなんで、おかしな話なんだけれど。
 あれから、一年半が経ったけれど、私の気持ちは変わっていない。
 監督の、私への態度は全く変わっていなくてそれが嬉しいような、悲しいような、複雑な気持ちに悩まされた。そのことを考えて、何度も泣いた。
 同じことを何度も言うつもりはない。けれど、意識してほしいとは思うのだ。変わらない態度に安心はするけれど、満足はしない。かといって、その手で触れられて満足するのかどうかもわからない。満足するわけがない。その続きを、求めてしまうに決まっている。
 はぁ、と小さくため息を吐く。鳴が樹に文句を言っているのが聞こえる。白河が後輩たちにぶつぶつ何かを言っている姿が見えた。隣にいる監督は、それを見て何かを考えているようだ。
 ああ、その中に私のことも含まれていればいいのに!

 休憩中、白河と鳴は私の近くに寄ってくる。特に用もないのに、樹がどうの、一年がどうのと愚痴を零すけれど、楽しそうな雰囲気に思わず笑ってしまう。内容と表情のギャップがおかしいのだ。彼らを怖がっている後輩にこの顔を見せてやりたい。
 はは、と笑えば頬を抓られる。痛いよ、と言っても離してくれないのは照れている証拠だろう。
 視界の端に映る監督は、部長と何やら話していた。こっち見ないかな、と叶わない願いをしてみる。うそだろ、だって、なんで。
 監督がこっちを見て微笑んだ。
 いやいやいや、これはあれだ。私の願望に過ぎないだろう。そうなってほしいと思えばそういう風に見えるものだ。というか、私に微笑みかけたわけじゃあないだろう。きっと後ろに誰かいたに違いない。そう思って後ろを振り返るけれど、誰もいないではないか。ちょっと、ほんと待ってくれ。頭がおっつかない。自惚れていいのだろうか、いや、それにはまだ早すぎる。だって、今の表情は私しか見ていなかったし、まず、微笑んでいたかどうかだって怪しい。私の目の錯覚に決まっている。そうだ、目の錯覚だ!

「なに百面相してんだよ」
「顔が赤くなったり青くなったりして面白いね、カルロ」
「ちょっと、うん、なんだろうな」
「熱中症とかやめてよね」

 そう言って鳴が、自分の被っていた白い帽子を被せてきた。こういうところはいいんだけど、そのあとのしてやった感がひどい。もう少し締まりある表情でやってくれればときめくんだと思う。手のかかる弟にしか見えないのはなぜなのだろう。

 練習再開の声を聴いて、二人はそれぞれの持ち場に戻って行った。私は脱ぎ捨てられた服やボトルを片づけるためにフラフラしていた。ボトルに水を入れるために水道へ行ったり、やかんに水を汲んだり。途中、他の部活のクラスメートと話し込んでしまって、戻るのが少し遅れてしまった。それでも何事もなく進んでいる練習に、少しだけ、ほんの少しだけ寂しくなった。
 自分がいなくても世界が回るのは分かっているけれど、きっと、みんなは私がいなかったことにも気づかないのだろうなぁ。と思うとため息が出てしまう。
 感傷的になっている暇はない。空になったボトルに水を入れなければ。無造作に置かれたボトルをケースに入れて水を汲む。あと少しで零れる、と言うところで急に声を掛けられた。私は吃驚して体が揺れ、やかんの水を地面に零した。ボトルからも、溢れてしまった。
 声を掛けてきた方を見ると、監督が立っていた。

「急に声かけないで下さいよ、零れちゃった」
「すまないな」
「で、何か用ですか?」
「用がなければマネージャーと話もできないのか」
「そういうわけじゃないですけど」
「水を汲みに行くのに随分時間がかかっていたから気になっただけだ」

 どきり、と胸が高鳴った。そりゃあそうだ。いなくなっても気づきゃあしないと思っていたのに、想い人にそんなことを言われてしまったら胸も高鳴るだろう。どきどきととても五月蠅く鼓動が震える。
 べつに、いいのに。部員のことだけ考えてくれればいいのに。これは、私のことを心配したのではない。マネージャーがいなくなったから、心配しただけだ。期待はしてはいけない。あとで傷つくのは私だ。
 ずるい、とても狡い人だ。私のことを夢中にさせている自覚はあるのだろうか。

「ちょっと、クラスメートと話していて遅れちゃいました」
「そうか」
「なんですか、寂しかったんですか?」
「…そうかもな」
「……そうですか」

 監督、真顔で何言ってるの。
 まずい、今、きっと、いや、確実に顔が赤くなっている。困る。こんな顔、誰にも見られたくない。私は鳴の帽子を深く被って、顔が見えないようにした。ちら、と見た監督の耳が、赤くなっていたのは、きっと気のせいだ。
 しゃがんで、ボトルのキャップをつけようとしたけれど、うまく嵌まらないのは動揺しているからだ。ああ、かっこ悪い。お願いだから、この、聞こえてしまいそうな鼓動よ、止まっておくれ!

「何をしているんだ…」

 呆れた声と共に、陰もしゃがんだ。私の手に、監督の手が添えられて、一緒にキャップをつけた。
 時が止まったように感じた。それなのに私の鼓動は止まらずに五月蠅く音を立てていて、なんだか泣きたくなった。
 添えられた手は汗ばんでいて、わざと名残惜しいというようにゆっくりと手を離しているように感じた。だって、最後に彼は皺の寄った手で私の小指を掴んだのだ。
 一瞬の出来事のはずなのに、私には永遠に感じられて、このまま時が止まってしまうのも悪くないと思ってしまった。けれど無情にも時は動き出して、部員の水を要求する声に私の身体は無意識にも答えるのだった。
 後ろを振り向くことができない。もうそこには監督はいないだろう。

「なんだよ、その顔」
「なに」
「ひどい顔してる」
「わかってるよ」
「ほんと、公共の場でいちゃつくの止めてくれないかな」
「はぁ?!」

 水を要求したのは白河だった。確信犯だ。先ほどの私と監督のやり取りをみていたに決まっている。私はいちゃついているつもりはないってのに、この男は何を言っているのだろうか。

「顔、赤いんだよ」
「うるさい」
「せっかく鳴が貸してくれたんだからもっと上手に使いなよ」
「悪かったな、」
「おー、こわ。嫉妬とか、やめてほしいよね。」
「は?なに?」
「なんでも。ほら、もう俺は水いらないから」
「ほとんど飲んでないじゃん」

 やっぱり、確信犯だったのだ。救い出してくれたと感謝するべきか、それともぶち壊してくれたと怒るべきか。嫉妬、と言っていたのも気になる。私はいま嫉妬なんてしていなかった。となると残された答えは一つしかないけれど、そんなまさか。頬が熱くなる。ベンチに戻るのがなんだか憂鬱だ。
 それでも与えられた仕事をこなさなければいけないので、大人しくベンチに戻る。空のボトルは一本ではないので、先ほどの続きを行う。監督は、ボトルケースの隣に立ったままだ。正直気まずい。

「ねぇ監督」
「なんだ」
「一年生の秋のこと覚えてる?」
「…ああ」
「そう」

 覚えていてこの態度なのはたちが悪すぎやしないか。この人の性格からしてからかっているわけではないだろうけど、いや、でもなぁ。この人のこと全て知っているわけじゃないし、もしかしたらそういう一面もあるかもしれない。それもいいかもなんて思っている自分がいてため息が出そうになった。
 意識してもらえていたらいいけれど、彼がこんな小娘に手を出すとは思えない。伝えてしまった自分が悪いのだろうと思う。彼が私に手を出してしまって、それが世間様にバレたら彼ばかりが責められるだろうし、部にも迷惑がかかる。あの時、なぜ言ってしまったのだろう。

「水が溢れているぞ」
「え、わ、」

 考え事をしていたせいで辺り一面水浸し。やかんの水もかなり減ってしまった。

「そういう抜けているところは、嫌いじゃないな」

 はっきりと聞こえた言葉に、私は恥ずかしくなってやかんを持って走り出していた。
 誰でもいいから、声を上げなかったことを褒めてくれ!




2015/07/20 22:13


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