▼「俺のお姫様!」と同設定



 ふんふんと鼻歌を歌い、機嫌のよさそうな御幸が先ほどから厨房を占領している。明日は、鳴の誕生日だ
 自分の誕生日に最高のプレゼントを貰った御幸は、どうにかして思い出に残るプレゼントを渡したいと考えていた。相談を受けた俺は、御幸からのプレゼントならなんだって喜ぶと思うぞ、と助言をしたのだが、そんなの分かっている!と言われてしまった。
 随分と自信がおありなことで。と悪態をつくこともできたのだが、それでもどこか不安げな瞳をしているのを目の当たりにするとそんなことを言う気にはなれなかった。
 御幸にしかできないことをすればいいんじゃない、と言えば、何も出来ないと返事がくる。そんなわけないだろ。
 御幸にしかできないことのほうが多いというのに、本人に自覚がないのなら何を言っても無駄だ。
 どうして俺がこのカップルのことで悩まなければならないのかと思ったけれど、やはりこのポジションが嫌ではないのだ。御幸と入れる時間が多ければ多いほど、鳴が嫉妬をする。それを見るのも嫌いじゃない。
 御幸の誕生日はおばちゃんたちがケーキを作ってくれたけど、鳴の誕生日は御幸が作ればいいんじゃないか、と提案をしたら少し渋ったあとに、それしかないよなぁ、と言いため息をついた。
 だから、他にもあるっての。
 材料を一緒に買いに行って、デートみたいだな、と言ったらばーか、と言われた。そう言った御幸の顔が可愛くて、思わずキスしてしまいそうになったけれどなんとか我慢をして、二人で一つの袋を持って歩いた。
 寮に着く前にその袋を奪うと、不思議そうな顔をされたけれど、当たり前だろう。だって、こんなところ鳴や他の部員に見られてみろ。面倒なことが待っているに決まっている。
 買ってきた材料を冷蔵庫に仕舞わせてもらい、部屋に戻った。御幸が、「夜、食堂な」と別れ際に言って、俺と御幸が付き合っていないほうがおかしいのではないだろか、と頭の片隅で考えて笑った。
 夜に食堂に行くともう御幸がエプロンをつけて作り始めていた。

「何か手伝うことある?」
「うんにゃ、今のところは大丈夫」
「じゃあ俺いる意味ないんじゃないの」
「あるよ。味見」
「ああ、そう」

 厨房の中に丸椅子を持って入り、少し離れた場所で作っているところを眺める。誰かの為に一生懸命になる女の子はかわいい。これは、御幸に限った話ではない。
 去年のバレンタインにチョコレートを渡したあの子も、きっと渡す相手を想って作ったのだろう。
 頑張っている女の子をこんなに近くで見れるのは本当に光栄だ。

「ケーキ作ったことあるの?」
「うぅ〜ん。一回だけ」
「へぇ。うまくできた?」
「あんまり。だから今日も失敗するかも」
「失敗したって鳴は喜ぶだろ。それに、材料がこんなにあるんだから平気だって」
「なに、それ」
「鳴の為に一生懸命になって作るんだから、いいんだよ」
「カルロスに恋人ができないのはなんでなんだろうな」
「一人を選べないからかな」
「うわー、もう。もう…」
「なんだよ」
「お前はなんだかんだで幸せな家庭を築きそうだよ」
「そりゃどうも」

 なんだかんだのところを詳しく聞きたいのだが、まぁいいだろう。今度聞く。誰と幸せな家庭を築くのだろう。当然、お前とじゃないのだろう。まったく、成宮鳴が羨ましくて仕方がない。
 自販機で買ったコーラを飲みながら、また、御幸の後姿を眺めた。
 きっと鳴はこの姿を毎日見ることができるのだろう。今は俺が独占しても怒られないはずだ。
 こっそり携帯を取り出して写真機能を呼び出した。スピーカーを指で押さえて音が出ないようにして、ぱしゃり、後姿をカメラに収めた。御幸の写真が入っていることを、鳴にばれないようにしなくては。
 にやにやと笑っていると、がたん、という音が鳴った。御幸と顔を合わせ、音の鳴った方を見ると、厨房の明りに照らされ、誰かが立っているのが確認できた。
 そして、この場合の“誰か”なんてのはだいたい決まっているのだ。

「なにしてるの」

 王子様の登場です。ここで俺と御幸が一緒にいるというのを知っていたのではないかというタイミングでの登場。
 鳴には御幸センサーがついているのだと思う。そうに違いない。

「鳴…」
「なにしてるの」
「ケーキ作ってる」
「なんで」
「えと、」
「なんで」
「鳴、そんなに怒るなよ。お前の誕生日の為に手作りケーキプレゼントしたいっていう御幸の気持ちを汲んでやれって」
「え…ケーキ!?」

 こういう時には正直に何をしているかを伝えるべきなのに、御幸は学習をしない。というか、鳴に嫌われたくないという想いが勝ってしまい、どもってしまうのだろう。
 きらきらと輝いている鳴の瞳は期待に満ちていて、隠すものではないと言っているのに。
 頬を赤くした御幸がクリームを混ぜながら俯く。本人に知られたくなかったのはわかるけれど、今それを言わなかったら鳴の機嫌は悪くなるし最悪な誕生日を味わわせることになってしまうのだから言ってよかったのだ。
 そして、俺は椅子から立ち上がって厨房を後にした。
 あそこにずっと居座るのはいいのだが、やはり二人きりにしてやりたい。これは、俺からの誕生日プレゼントのようなものだ。
 日付の変わった時計を見ながら、寒い廊下を一人で歩く。俺の心を温めてくれる人はいつ現れるのだろうか。
 とにもかくにも、鳴、誕生日おめでとう。



2015/01/05 04:40


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