※くらめーみゆ
※三人で同棲しています。
※三人とも成人済






 ふんふんと鼻歌を歌っている一也は機嫌がいいらしい。なにかいいことあったのかな、とキッチンに立つ一也の背後に立ち、後ろから抱き付く。お腹に手を回すと、びくりと肩を揺らした。
 キッチンに立っている時はちょっかい出すな!というのが一也と俺と、もう一人のお約束だ。あいつは律儀に守っているらしいが、俺は守れない。
 鼻歌が消え、ため息をひとつ漏らすけれど、怒ってはいないようだ。包丁を使っていないときは、怒らないって知っているのは、俺だけかな。

「めー」
「なぁに」
「味見する?」

 あ、これは、予想以上に機嫌がいい。
 今日は、これから何かいいことが起こるのだろうか。ちら、と用意されているものを見るけれど、俺とあいつが“特別好きなもの”ではないので、これから何かが起こるとは考えにくい。
 ということは、やはり今日はいいことがあったのかもしれない。一也の今日のスケジュールを脳内で確認するけれど、これと言って特別なことはなかったと思う。
 カレンダーにも、しるしがついていない。

「味見しないのか?」
「する」
「ほれ」
「あーん」

 横に並び、口を開けて待っていると、卵焼きが運ばれてきた。口内に広がる甘い香りと味に、頬が収縮して、思わず顔が綻んだ。一也がそれを見て笑って、幸せだな、と思っていたところに、玄関のチャイムが鳴った。
 聞こえるわけないって分かっているはずなのに、返事をしてしまうのはなぜだろう。
 俺と一也の幸せをぶち壊すのは、いつだってあの元ヤンだ。
 ぶち壊すと言っても、俺はあいつのこと、嫌いじゃないし、二人で一也の話をするのも、三人で一緒に過ごすのも嫌いじゃない。むしろ、好きだ。
 こんなこと、恥ずかしくて言うつもりはないけれど、あいつは目敏いのできっとバレている。一也も、厄介な奴を好きになったと思う。
 一也が玄関に向かうから、俺も一緒に向かう。べつにあいつを迎えるためではなく、一也と離れたくないから行くのだ。あいつはそうじゃないのか、俺が帰ってきても、一度も迎えてくれたことがない。べつに、いーけどさ。
 パタパタとスリッパを鳴らして、一也の後をついて行く。
 がちゃり、カギが開いて、倉持洋一のご帰宅である。

「ただいま」
「おかえり〜」
「もう帰ってきたの?早いよ」
「あん?」
「こらこら、喧嘩すんなよ」

 腰に抱き付く俺の頭を優しくなでて、園児を宥める先生のような口調で言った。ここ、幼稚園じゃないんだけど。
 頬を膨らますと、倉持が俺の頬を突いてにやにやと笑いだした。きっと一也も同じようににやにやしているに決まっている。
 この二人は、高校時代をほぼ一緒に過ごし、悪友だとかなんとか言われていたらしい。俺は、高校時代の一也をほとんど知らないから、それを聞いて悔しくって拗ねていたら、二人は俺をうんと甘やかしてくれた。
 一也だけではなく、倉持までもが俺を甘やかしていて、なんだかとても擽ったくなったし、きっと倉持はたくさんの人に好かれるタイプなのだと感じた。
 一也を好きだった子が、倉持を好きになるのはざらにあることだろう。倉持は優しいから。それでも、俺は倉持のことを恋愛的な意味では好きにならないだろうと思う。だって、タイプじゃない。

「おめー、すげー失礼なこと考えてんだろ」
「俺、倉持タイプじゃない」
「は!?俺だってお前のことタイプじゃねーよ!」
「やっぱ一也じゃなきゃやだ〜」

 ぐりぐりと頭を擦りつけると一也は笑った。今日はなんでこんなにご機嫌なんだろう。俺にはやっぱりわからない。倉持も、きっと分からないと思う。
 一也が俺の頭を撫でたので顔を上げると、愛おしそうな顔をしていて、その顔を見た俺も倉持も拍子抜けしてしまい、あほ面を晒した。

「なんだよ、二人そろってあほ面だな」
「これは一也が悪い」
「同意」
「お前たちって、なんだかんだで仲良いよな」
「一也が選んだ相手なんだから仲良くしないと、一也悲しいでしょ」
「うわ、なんでお前そんなこと平然と言えるの?恥ずかしすぎる」
「倉持は言えないの?なんで?」
「恥ずかしいって言ってんだろ聞けよ」
「ふぅん」

 一也の腰から手を離し、立ち上がる。未だ、靴を脱がずに玄関にいる倉持の目線は、いつもより少しだけ下だ。にやあ、と笑うと、頭を叩かれた。ひどい。
 俺が何を考えていたのかわかったのか、倉持はため息をついて靴を乱暴に脱ぎ捨てた。それなのに、ちゃんと靴を揃える几帳面さに、ヤンキーだったとは言え、いい家庭で育ったのだな、と思わせるので不思議だ。
 三人で住むことになり、三人の実家に挨拶をしに行った。そんなことする必要なんてなかったけれど、うちの女性陣が二人を連れてこい、と言うもんだから、連れていき、母さんが「二人のお家にも挨拶に行ってらっしゃいね」なんて言うから自然と行く流れになってしまった。
 倉持家で食べたご飯はとてもおいしかったし、お母さんも、おじいちゃんも優しかった。この家庭で育ったから今の倉持洋一がいるのだと思うと、なんだか分からないけれど目頭が熱くなった。
 一也のお家に行くと、前に会った時よりも老けたお父さんが出迎えてくれて、一也の作った手料理を食べながら、四人でお酒を飲んで過ごした。
 一也のお父さんが言った言葉に、俺は号泣してしまったし、倉持も涙を浮かべていた。それは、お酒に弱い一也が酔いつぶれてからの出来事だから、俺と、倉持と、一也のお父さんだけの秘密だ。
 一足先にリビングへと向かおうとしていた倉持と視線が交わり、にか、と歯を出して笑うと、倉持も同じように笑った。

「なんだよ〜、ほんとお前ら仲良くなったな〜。俺寂しい」
「あとでちゃんと構ってやるよ」
「そうそう!可愛がってあげるよ!」
「ちょっと待ってそれなんか意味違わない?気のせい?」
「気のせい気のせい」
「先風呂入るわ」
「あ、おう」

 倉持は鞄を一也に預けると、そのまま風呂場へ直行した。リビングに行くと思っていたのに。
 鞄を受け取った一也は、俺の手をやんわり掴んだ。じっと見つめると、口を尖らせなんだか拗ねた様子で、俺の頭にはハテナマークが三つほど浮かんだ。


「なに?」
「ほんとに、いつの間に仲良くなったんだよ」
「俺と倉持の仲に嫉妬してるの?」
「悪いかよ…」

 完璧に拗ねた様子の一也だけれど、繋いだ手は離す気が無いらしい。こんな風に拗ねたところを、倉持にも見せているのかなと思うと、俺もなんだか嫉妬してしまう。
 それを気づかれるのはなんだか癪で、一也の手を引っ張り、リビングへと向かった。「なんだよめい〜」なんて困ったような、それでいて楽しそうな声色で言うもんだから、本当に拗ねているのか疑問だ。
 倉持の鞄を持ったままの一也をソファーに座らせ、向かい合うように、俺は正座をした。

「あのさ」
「うん」
「俺も倉持も、一也のことが好きで好きで仕方なくて、一也に選んでもらおうと思ったけど、一也が選べないって言ったからこうやって三人で住んでるわけじゃん」
「うん…」
「俺も倉持も一也が一番好きなの。あ、これは、親とかを除いての話ね。一也だってお父さんが一番好きでしょ。一也のことが好きな俺と倉持が一緒にいたら、仲良くなるんだよ。だって、一人の人を愛してるんだから一也のここが好きだ、あそこが好きだって言いながらお酒でも飲めば自然と仲良くなっちゃうわけ。おわかり?」
「…うん」
「え、一也照れてんの?」
「そりゃ照れるだろ…」
「かわいいね」
「うるさい」
「倉持の服、用意してあるの?」
「え?あ!」

 照れたままの一也もいいけれど、元の調子を戻さないと、この後もずっと照れ続けるので話を逸らしてやった。
 一也には今の言葉で伝わっただろう。伝わりすぎているかもしれない。それはそれでいい。
 俺は、倉持の鞄を持って立ち上がり、倉持の部屋へと持って行った。
 それぞれ三人の狭い部屋と、ひとつの広い寝室。お互いのプライベートは尊重しよう、という提案を受け入れたけれど、ほとんど三人で一緒にリビングにいるので、あまり意味がないような気がする。
 共有スペースであるリビングには賞状やトロフィー、写真が飾られていて、それを見る度に、“あの時”に戻れるのだ。
 俺の知らない一也を倉持が知っていて、倉持の知らない一也を俺が知っている。最初はお互いに自慢しあっていたけれど、知らないことを知れる喜びがあり、とても満足している。
 一也と一緒にいれるならなんでもいい、と思い、三人で暮らすことを選んだけれど、結果的に言えば、正解だったと思う。
 リビングに戻り、先ほど座っていたソファーに腰かける。テレビをつけると、バラエティー番組がやっていた。
 倉持と共に戻ってきた一也に、「お腹が減った」と言えば、「はいはい」と言って準備に取り掛かった。
 倉持は、俺の隣に腰かける。

「今日さ、一也、すごいご機嫌なんだけど、なにか知ってる?」
「ああ、なんか浮かれてるよな。理由は知らねーわ」
「そっか。さっき、俺と倉持がどれだけ一也のことを愛してるか伝えておいたから」
「は!?お前なに勝手なことしてんだよ!」
「え!?倉持も一也のこと好きでしょ!?」
「そりゃ好きだけどよ…!」

 わざと相手を挑発するようなことを言って、倉持の本心を引き出した。一也だって愛されていることは分かっているだろうけれど、言葉にしてほしいはずだ。俺は、好きだと、愛してると言ってほしい。
 キッチンで盛り付けをしている一也が、目を剥いてこちらを見ている。みるみる内に顔を赤くさせていくのを確認しながら、倉持を横目で見ると、真っ赤になっていた。
 倉持は俺の胸倉を掴んできたけれど、俺は楽しいし、一也も顔を真っ赤にしているけれどとても嬉しそうな顔をした後、また、盛り付けに戻ったので、やっぱり言葉は必要なのだと思った。
 一也がカウンターに料理を並べだしたので、俺はソファーから立ち上がってお皿をテーブルに並べ始めた。
 倉持が、舌打ちをしてから食器棚に並べられたブルーと、グリーンと、ピンクのマグカップを出した。
 ブルーのマグは俺ので、グリーンは倉持、ピンクは一也のだ。これは、三人で一緒に住むことが決まって、食器を揃えに行こうといろいろと雑貨屋を物色して購入したものだ。
 購入するとき、一也はこの色を嫌がったけれど、俺と倉持が一緒に選んだマグカップを、今は気に入っているのではないかと思う。
 定位置に並べられたマグカップを、一也は幸せそうに眺めている。

「一也」
「なに?」
「今日、機嫌良いよね。なにかいいことあったの?」
「ん〜?」
「んだよ、勿体ぶってねぇで言えよ」
「なんかわかんないけどな、幸せだなって思ってよ。これ、どっちか一人を選んでたら、味わえなかっただろ?二人を選んでよかったな〜って思ってな」
「……」
「……」

 俺と倉持は顔を見合わせた。言いたいことはたくさんある。選んで欲しくてもその勇気がなく、諦めた人間もいるのだ、とは言わないでおこう。
 諦めるつもりはなかったけれど、一也が選んだ相手なら身を引いてもいいという覚悟で言った言葉に、冗談めかして返事をした一也には、俺も倉持も腹がたった。

『一也!倉持と俺!どっちをとるの!?』
『うぅ〜ん、選べないな!』
『テメェふざけんな選べよ』
『…どっちも、なぁんて、』
『へぇ、どっちも?』
『ほぉ、言ったな?』
『ん???』
『仕方ないなぁ。じゃあ三人で住むしかないね』
『は?』
『お前がそう望むなら仕方ねぇよなあ』
『え?』

 それでも、好きで、一緒にいたいと思ったから、仕方なく三人での生活が始まった。
 それを、俺も、倉持も、一也も幸せだと感じている。
 もう、どちらか一人を選べなんて無理は言わない。俺は勿論一也を選ぶし、倉持も一也を選ぶに決まっているけれど、一也から幸せを奪うことなんて出来ない。
 一也のお父さんとも、約束をしたし。
 未だ、ぽかんとして、顔を見合わせたままの俺たちに、一也は「あほ面」と言って吹き出した。
 ムカッとしたので、さっきの話の続き、一也がすっごく照れてた、と倉持にちくってやった。一也は焦って否定していたけれど、そんなの肯定しているのと一緒で、ばかだなぁと思った。
 味見した卵焼きも、煮物も、魚も、すべておいしくて、やっぱり一也は和食が得意なんだよ!と倉持に説いていたら、倉持は「こいつは俺の為に洋食頑張ってんの」とか言い出したので、腹が立ってテーブルの下で、自慢の俊足を披露する足を、蹴ってやった。




2014/12/03 04:02


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