▼「俺のお姫様!」と同設定







 明日は一也の誕生日なんだよ、と言ったのは勿論鳴だ。言われなくても覚えてるよ、と言ったら鳴は喜んでいた。自分の誕生日でもないのにこんなに喜べるなんて尊敬する。
 今日は一日休みで非番だった。何もないからきっと鳴はプレゼントを買いに行ったのだろうと思っていたのだが、部屋を訪れると膝を抱えて布団を被っていて、あ、これは何かあったな、と思い笑いながら声を掛けたら涙声で喋りだした。

「一也の誕生日プレゼント用意できなかった…」

 そんなことを言うとは思わなかったし、去年はちゃんとプレゼントを用意していただろ?という問いかけには「今年は恋人になれたし特別なものをプレゼントしたかった」との返事をもらった。
 特別なもの、と言っても、きっと御幸なら鳴から貰ったものならなんでも喜ぶだろう、という言葉は飲み込んだ。鳴もそんなことはわかっているだろうし。
 もう少し早くに気づいていたら何か手助けが出来たかもしれないのだが、こんな時間に言われても何もできない。
 何か作ってやれば、と提案したかったが、料理なんかさせて鳴の手に傷がついたら御幸に何を言われるか分からないのでその提案も飲み込んだ。
 鳴ができることで、御幸を怒らせないこと、を考えてみるけれど、何も浮かばない。
 鳴は、野球以外はからっきしだ。勉強はそこそこできるが、御幸の誕生日とは関係がない。そもそも勉強に関しては毎回、御幸に勉強を教えてもらっているので鳴が御幸に教えてもらうことなど一切ないのだ。
 表情が暗く、落ち込んでいる鳴をどうにかしないと思うけれど、こういう顔も様になってるのが羨ましい、と全く関係のないことを考えていた。

「どうしよう…」
「うーん、今の鳴を見せたら御幸は悲しむだろうな」
「そりゃそうでしょ…彼氏なのに誕生日プレゼント用意できてないとか」
「違うって。彼氏とか彼女とか関係なく、御幸はお前の笑ってる顔の方が好きなんじゃないかって話」
「…そりゃ、そうでしょ」
「だったら、笑顔で誕生日おめでとうって言えばいいんじゃないか?」
「それだけだったら誰でもできるじゃん」
「お前の笑顔はお前にしかできないけど?」
「そうだけど…なんか、俺にしかできないこと…」
「お前にしかできないことねぇ…」

 ふと、浮かんだことを口にすることはできるけれど、それが実現するかは分からないし、きっと鳴だって渋るだろう。だったら御幸が好きなことをできる券のようなものを作るのもありだが、それで納得する鳴ではないだろう。
 なんでもいいから買ってくればよかったのに、なぜ何も買ってこなかったのだろう。
 確かに、御幸が喜びそうなものを選ぶのは大変だとは思うが、ほぼ毎日一緒にいる鳴には欲しいものを探るのも簡単だったのではないのだろうか。御幸が無茶なお願いをするとは思えない。
 未だに布団を被って唸っている鳴を見たら、御幸は笑ってかわいいなぁと言うと思うのだけれど。

「…あんまり提案したくないんだけど」
「なに!?なにかいいのあるの?」
「あるけど、ちょっとこれはなぁ」
「勿体ぶってないで言えよ」
「怪我するかもしれないし」
「は!?怪我するようなことさせる気なの!?」
「…最終手段だよ」
「…最終手段ねぇ、言ってみてよ」

 促され耳打ちすれば、はっと息を飲んだ鳴が何かを考えだした。うんうん唸って考え込んでいる。
 そりゃあそうだ。怪我をするかもしれないリスクもあるし、なにより御幸が喜ぶかが分からない。だが、それをやっている時の御幸はきらきらと輝いていて嬉しそうな顔をしているのだ。
 きっと拒否はしないし、喜ぶに決まっている。とうか、鳴だって何度もやらせているのだ。それを、どう誘うかが問題なのだろう。上から目線で言われても、きっと御幸は怒りはしない。

「どうする?」
「…一也なら喜んでくれると思う。俺も嬉しいし」
「じゃあ決まりか?」
「でも、それはいつでもできるし…」
「…そうだな、花でもプレゼントすればいいんじゃないか?指輪なんて無理だろ?」
「…花かぁ。でいうか指輪って」
「そういえば、前に見たドラマでグミを指輪に見立ててるのがあったなぁ」
「は?グミ?」
「そ。購買に売ってるグミでもできるんじゃないか?」
「明日グミ買ってくる…」
「じゃあもう寝ろよ」
「花どうしよう」
「なんでもかんでも用意しなくていいだろ。ほら、寝ろよエース様」
「…今寝たら一也に一番におめでとういえなくなるじゃん」
「あー、じゃあ部屋行ったら?」
「あ!そっか!行ってくる!」
「おー」

 鳴は晴れやかな顔をしてベッドを勢いよく降りた。おいおい、怪我したら怒られるのお前だろ。鳴は部屋を出て御幸の元へと向かった。
 本来なら御幸の部屋への出入りは禁止されているのだが、御幸はそれを気にしていないようだった。もっと気を付けたほうがいいだろ、と忠告をしたのだが、どこ吹く風でスコアブックを眺めていた。
 貞操観念がないわけでないのだろうが、自分たちを信用しすぎだと思うのだ。男はオオカミ、とはよく言ったものだし。
 はぁ、とため息をついても咎める者は誰もいない。なんだかつまらないな、と思い、白河の部屋を訪れることにした。


 御幸の誕生日当日、朝から食堂のおばさんたちに祝ってもらって御幸は上機嫌だった。にこにこして、おばさんたちが「夜はケーキを作るからね」という言葉に表情を明るくさせて、照れながら「ありがとう」と言ったのにはその場にいた全員が胸を打たれた。
 みんなが御幸の誕生日を祝福してる中、鳴も御幸の誕生した日が嬉しいのかずっとにこにこしていた。ずっとこれなら樹も苦労はしないんだろうな、と思って樹をみたら、同じようににこにこしていて、吹き出してしまった。
 ここにいる全員が御幸の誕生を祝福している。愛されていて、妬けるなぁ、なんて。
 中学の頃の御幸には、こんな光景想像もできなかっただろう。散々な言われようをした先輩たちだって、お前の誕生を祝っているんだよ。幸せ者だなぁ。

 授業もすべて終わり、御幸のクラスへと白河と共に向かう。白河に御幸を祝ったのか聞いたら、そんな仲じゃないと言われてしまった。友人なら祝っても問題ないだろうに。なにを意地を張っているんだか。
 御幸のクラスに着き、声を掛けようとしたら、後ろの扉の方から「一也!」と呼ぶ大きな声。まったく、そんなに大声出さなくても聞こえるだろうよ。
 白河と共に後ろの扉に移動して鳴を小突く。

「うるさいぞ坊や」
「なんだよカルロス」
「声がでかいんだよ」
「そんなことないし!」
「いやいや、あるからね」

 少しだけ、照れているのか頬がほんのり赤く色づく。甘い表情を見れるのが自分たちだけだというのは、とても役得だ。
 鳴が御幸の真白な手を掴み、走り出した。
 俺と白河は何が起こったのか分からず暫く呆然としたけれど、何か問題を起こされたら困るので後を追いかけた。

「なんだあいつ!」
「部活前に走らされるとはな」

 御幸の静止の声を聞こうともせずにどんどん進んでいく。階段で走って転んだらどうするんだ!こちらの声だって聞こえていないようだ。
 この光景を雅さんが見たらなんと言うだろうか。俺と白河を責めはしないだろうけれど、少しは責任を感じてしまう。
 止めなければ、と思うけれど、何かしらの意図がありそうで止めるに止めれないというのも事実で。何をするか事前に聞いておくべきだったと後悔をする。
 上履きを乱雑に脱ぎ捨て、ローファーを履き、また走り出した。俺がため息をつくと、白河がじとりと睨みをきかせてくる。勘弁してくれ。

「お前、なんか知ってるんじゃないだろうな」
「知ってるわけないだろ」
「じゃあなんで追いつかないようにしてんだよ」
「…もし鳴に何か考えがあって邪魔したら悪いだろ」
「…お前っていいやつだよな」
「へへ惚れたか?」
「馬鹿言うなよ」

 二人の脱ぎ捨てた上履きを靴箱に仕舞って、後を追いかけた。
 御幸の文句ももう聞こえなくなっていて、諦めたのか、それとも何かを言われて照れているのか。
 グラウンド、投げ捨てられた鳴の鞄と、御幸の鞄。
 ブレザーを脱いで、マウンドに上がる鳴は、投手の目をしている。

「一也、俺からのプレゼント」
「なに」
「俺の球を、一生受けれるっていう特別なプレゼントだよ!」

 それは、昨日の夜、プレゼントに悩んでいた鳴に助言した俺の言葉で、思わず吹き出してしまった。言ったのは“一生”ではないけれど。
 キャッチャーボックスに佇む御幸の顔は見えないけれど、鳴は笑っているので、きっと御幸も笑っているに違いない。
 あいつ、グミ、用意したのかな。

「一也、俺と、一緒に幸せになろう」

 満面の笑みを浮かべてはいるけれど、微かに震える手は不安の現れで。その言葉を御幸が断るとは思えないのに、鳴は断るかもしれないという不安に駆られているようだった。
 御幸がゆっくり、鳴の立つマウンドへと近づく。
 震える鳴の手を両手で包み、小さく頷いた。それは、注意深く見ていないと見逃すくらい小さく。
 お姫様を最終的に幸せにするのは王子様と決まっている。たとえ、王子様と出会う前に妖精や子供、騎士に幸せにしてもらったとしても、最後は王子様が攫っていくのだ。
 それでも、王子様と幸せそうにしているお姫様を見たら、誰だって幸せになるのだから、不思議だ。
 余韻に浸っている二人には悪いが、俺は邪魔させていただく。だって、二人はこれからもずっと一緒にいるのだから、今俺が邪魔をしたって構わないだろう?
 横目でちらりと白河を見たら、白河も同じことを考えていたのか俺のほうを見ていた。
 に、と歯を出して笑って二人で駆け出した。

「みゆきーーー!」
「わ!」
「あー!一也に触るなよ!こら!」
「御幸―、誕生日おめでとうな」
「祝ってやらないこともない」
「はは、なんだよ白河」

 後ろから御幸に抱き付くと、鳴があからさまに嫌な顔をした。御幸は照れているけれど祝われたのが嬉しいのかにこにこしている。
 憎まれ口をたたく白河だって、御幸の誕生日が嬉しくないわけではないのだ。なんだかんだで惚れてしまっている自分たちは、叶わないというのにこの“恋”と呼んでいいのか分からない幼い感情を大切にしている。

 練習が始まり、御幸が誕生日だということを耳に入れた監督が、たまにはキャッチャーをしてみるか、と言ったおかげで久々にキャッチャーボックスで投手の球を受けることができた。
 そのあとだって、部員全員とキャッチボールをするなど、これが稲白実業野球部か、と疑いたくなることばかりしていた。
 御幸はいろんな人に愛されているなぁ、と自覚させられる日だった。

 今朝の食堂のおばさんたちの言葉通り、御幸の名前が書かれたプレートが乗ったケーキが出てきたときは、御幸の瞳に水の膜が張って、泣いてしまうんじゃないかと思った。
 御幸は瞳を潤ませてお礼の言葉を述べて、蝋燭の火を消した。揺らめく炎の前の御幸の瞳はとても綺麗で、息を飲んだ。それは、俺だけじゃなかったようで、小さく笑ったら白河に肘で小突かれてしまった。
 何枚も何枚も、数えきれないくらいの枚数の写真を撮って記録に残した。御幸は少し嫌がっていたけれど、雅さんとのツーショットを残すチャンスだ、と告げれば上機嫌に雅さんの隣に行って写真を撮られていた。現金な奴だと思う。

 ご飯もケーキも食べた御幸は上機嫌で部屋に戻って行った。その後を追うようにして鳴も食堂を出て行ったけれど、誰も咎める者はいなかった。
 鳴がここにいても、きっと長引くだけですぐに片づけ終わりゃあしないし妥当な判断だったと思う。
 誕生日の夜、二人がどうやって過ごしたのかは鳴と御幸しか知らない、秘密だ。




2014/11/17 01:41

誕生日おめでとう!生まれてきてくれてありがとう!

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