夏が終わり、秋が始まる。毎年繰り返していることのはずなのに、どうにも体は慣れてくれなくて、びゅう、と吹いた冷たい風に震え上がった。
 体が冷えると心も冷えてしまうようで、なんとなく、寂しいと感じてしまう。
 甘いココアを飲みながら、布団に包まって窓の外を横目で見やる。同じ空を見ているのかな、なんて乙女チックな自分の思考に少しだけ笑ってしまった。
 同じように寂しいと感じているかな。いや、寒いならちゃんと暖めろよ!投手だろ!と言われるに決まっている。
 シニア時代、寒い、と言ったら暖めてくれたのが嬉しくて、それが今は恋しくて、求めてもすぐそばに感じることが出来なくなって、無理にでも同じ学校に行くべきだったかな、と後悔をする。
 行く高校は自分で決めるべきだと思う。けれど、誘ったのだから着いてきてくれてもよかったのに、とこんな寒い夜には考えてしまう。
 これから、もっともっと寒くなるというのに、どうすれば救われるの。
 ココアを飲み干し、空になったコップをベッドの角に置いた。ホットココアは体を温めてはくれるけれど、心は暖めてくれない。
 もう寝てしまおう。風邪を引いても、一也は看病しに来てくれないのだから。

 朝、同室の寮生の声で目が覚めた。いつもはこんなことじゃ起きないのに、どうして今日に限って目が覚めるかな。ああ、丸まって寝たはずなのに足が布団からはみ出している。そりゃあ、目が覚めるか。
 二度寝などできるはずもなく、仕方なく起き上がる。もう少し厚着をして寝ればよかったかもしれない。寒いなぁ。
 これが自分の家の自分の部屋なら、夜でも暖房を効かせて寝るのだが、同室者がいるのでそれができない。そこまでの寒さじゃないからまだいいけれど、設定温度が合う奴なら、よかったなぁ。
 起き上がって、ベッドの角に置いたコップを持ち上げる。コップの底には、乾いたココアの粉がついていた。
 枕元の携帯電話がチカチカと光っていた。こんな時間に、メルマガかな、と思い開く。登録者の名前は、“一也”になっていた。
 いくらメールを送っても返事を送らないくせに、なんのメールだろうか。何か、送っていたかな、と思い出すけれど、覚えがない。
 一也からのメールは珍しく、きっと片手で事足りるくらいだろう。
 メールを開くと、彼らしい言葉が並べられていた。何を想ってこんなメールを寄越したのだろう。真意は全く分からないけれど、これが俺の為に向けられた言葉だという事実に胸が熱くなった。
 今すぐ一也に会いたい。
 コップを持ち、ベッドを降りた。携帯電話はポケットに入れて、食堂へと移動する。食堂の前にトイレに行って、顔を洗わなければ。
 今日は学校も練習もある木曜日。どうにか抜け出したいけれど、学校も練習もサボるわけにはいかない。けれど、一也に会いたくて仕方がない。
 なんてメールを送ろう。そんなことを考えながら顔を洗って、タオルを持ってくるのを忘れていたのを思い出した。横で、こんなに寒いのに上半身裸のカルロスが顔を洗っていたのでタオルを借りた。文句を言われたけれど、さして怒っているようには見えず、軽く謝罪をしておいた。
 稲実のユニフォームを着た一也を思い浮かべる。なかなか似合うんじゃないか。ぷぷぷ、と笑っていたら白河に変な顔をされた。
 食堂について、コップを洗う。あ、ココア飲みたいかも、と思ったけれど、ご飯にココアは合わないよな、と思い直し寮生用の食器棚に自分のコップを戻した。
 もし一也が稲実にいたら、俺のコップは一也のコップの隣にあったかもしれない。
 昨日から、“もしも”のことをずっと考えていて、やっぱり寒いと寂しくなってしまうのか、人って面倒くさい。人恋しいじゃないんだよな、一也しかいらないんだよな。それも、俺を悩ませている原因の一つだと思う。
 一也への返事に、“今すぐ会いたい”以外に思いつかないあたり、相当やられている。メールの内容の返事なんてできそうにない。だって、今すぐ会いたくて仕方ないのだから。

 “昨日の夜、ホットココアを飲みながら一也を思い浮かべたよ。寒くて寂しくて凍えそうだった。今すぐ会いたい”

 こんな恥ずかしいメール、一也以外には送れない。頬が少しだけ熱くなった。このメールの返事はくるかな、こないよな。だって、一也だもん。
 一也にメールを無視されても、そこまで気にはならない。悲しくないと言ったらそれは勿論嘘になる。彼には友達と呼べる人間が少ないから、ほとんど携帯電話を開かないと知っている。
 返事を送れないのは、どう返事をしたらいいかわからなくて考えて考えて、送ろうと思った時にはもうだいぶ時間が経ってしまうというのも知っている。
 彼は、とても不器用な人間だ。もっと素直になればいいのに。でも、素直な一也は一也じゃないような気もする。
 ああ、昨日からずっと一也のことを考えている。こんな幸せな日があっていいのだろうか!

 メールの返事がきたのは、一限の数学が終わった後だった。ポケットに入れていた携帯電話がぶるぶると震えて、見てみると“一也”の名前が。
 こんなに早い返事は初めてじゃないのか、と思い顔が緩む。

“お子ちゃまなめーくんにはホットココアがお似合いね。ちゃんと布団かけてるか?風邪なんて引いてないだろうな。俺も、そう思ってた。”

 お子ちゃまって、一也だってホットココア好きじゃん。コーヒーだってブラックは飲めないし、ミルクと砂糖入れて飲んでるじゃん。一也だって俺と同じお子ちゃまなのに、その容姿は色気に溢れていて見る度に俺の胸を締め付けてくる。
 そんな綺麗になって、どうするつもりなの。
 会うたびに色気を漂わせている彼に向けられる視線はとても不躾なそれで、その男はゲイではないんだよ、と教えてあげたくて仕方がないのだけれど、いきなりそんなことを言うわけにもいかないので口を噤む。
 その男はゲイではないけれど、俺と恋人関係にあるよ、と教えてやりたい。
 “俺も、そう思ってた”なんて一也にしては素直な言葉に心臓が高鳴る。だって、たまらなさすぎる。グサグサと恋の矢が刺さっているよ。
 さぁ、なんて返事をしようか、と思ったところでチャイムが鳴り、いつも早く来る英語の先生がチャイムと同時に教室に入ってきた。俺の机にはまだ数学の教科書とノートが出たままで、慌てて英語の教科書とノートを出した。
 あ、辞書をロッカーの中にしまったままだった、と思い出したけれど、今更どうすることも出来ないので、当たらないことを祈るしかない。

 英語の授業が終わった。先生に当てられることもなく、俺は一也へのメールの返事ばかりを考えていた。
 いっそ英語で送ってみるか、とも思ったが、英語が出来ない俺はその選択肢をすぐに投げ捨てた。

“お子ちゃまじゃないし!そんなに気になるなら添い寝してよね。一緒に寝たらあったかいよ!次、いつ会えるかな”

 願望を並べたメールを二限の終わりに送ったけれど、昼休みになっても返事はない。ずっと携帯電話を眺めている俺に、不思議そうな顔をしているカルロスと、怪訝な顔をしている白河。矢部と山岡は気になるけれど、気にしないようにしているようだった。
 このメンバーは、俺が一也とお付き合いしているというのを知っている奴らだ。最初は驚いていたけれど、恋愛は自由だしいいんじゃないか、と言ってくれて、どれだけ救われたことか。
 一也からメールの返事がこない!と普段から騒いでいたから、きっと察したのだろう。それにしては、その顔、おかしくないか、白河。

「はぁ」
「ため息うざい」
「恋する男に何を言っても無駄だぜ、白河」
「経験豊富な男はいいよなぁ!」
「まったくだ」
「遠距離恋愛ってこんなに辛いんだね…」
「遠距離じゃないから。隣町だから」

 白河の的確なツッコミには無視をする。だって、近くにいないんだったら遠距離だ。隣町がなんだ。行こうと思ったら行ける距離?行く時間がないんだよ!行く時間があれば、遠距離恋愛だなんて言うもんか。
 今日はもう返事こないかな、と思って携帯電話を閉じたら、ぴかぴかと光りだした。
 紫色の光が、一也からだと伝えている。
 胸のあたりがぽかぽかして、顔が緩むのを抑えられない。それを察したのだろう、みんなが変な顔をした。

 “添い寝を希望するなんて、お子ちゃまだろ。ま、してやらないこともないけどな。明後日、一日休み”

 なんでこんなにデレられているのだろう。おかしい。一也こそ風邪ひいてるんじゃないのか、これ。そんなことより、明後日が一日休みだって?
 うちの次の休みっていつだよ。

「ねぇ、次の休みっていつ?明後日?」
「明後日は練習。明々後日が一日休み」
「は?意味わかんないんだけど。明後日休みにしてよ」
「俺は監督じゃないから無理」
「でも青道は明後日一日休みって…」
「は?ここ青道じゃなくて稲実だから」
「なんだよ!白河ってほんと一也のこととなると更に感じ悪くなるよな!わかった!一也のことが好きなんだろ!やらないからな!」
「好きじゃないしいらないわ」
「は?一也のこと好きじゃないしいらないって意味わかんないんだけど」
「お前めんどくさいな」

 絶対に白河は一也のことが好きだ。嫌いって、好きって意味だろ!
 新たなライバル出現に、これは手強い奴が…と思っていたら携帯電話がまた、紫色に光りだした。
 なんだなんだ!?と慌てて携帯電話を開く。

 “間違えた。明々後日が休みだった”

 勝った。と思った。誰かと勝負をしていたわけではないし負けるきなんて全くないけれど、なぜか勝ったと思ったのだ。
 明々後日が休みと言うことは、二人でどこかに出かけることができるじゃないか!デートと言うデートをしたことがないので何をすればいいかは分からないが、これは好都合だ!

 “俺も!俺も明々後日休みだよ!”

 鼻息荒く文字を打っていると、昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。返事が待ち遠しい。携帯電話ばかり気にしてお昼ご飯をちゃんと食べれなかったけれど、胸はいっぱいなのでどうにかなりそうだ。
 みんなそれぞれ自分たちの教室に戻っていく。別れ際、カルロスに「よかったな」と言われて、なんだか照れくさくて頬を掻いた。

 どうにかならなかった。昼休み後の五限、俺のお腹はぐーぐーと鳴って、やはり胸がいっぱいでも腹は減るのだと思い知らされた。ご飯は大切だ。
 一也からの返事はまだない。そりゃそうか、昼休みが終わるチャイムと同時くらいにメールを送ったんだもんな。遅くなるよな。
 それでも待てなくて、何度もセンター問い合わせをしてしまった。
 授業中にメールなんてする奴じゃないって知ってる。メールするくらいならスコアブックを眺めているってことも知ってる。今、どんな顔で授業を受けているのだろう。

 結局、学校の授業が終わっても一也からのメールは届かなかった。授業が終わったら、すぐに部活に行くのだろう。いつも行動を共にするらしい、倉持という男と一緒に。ずるい。一也の隣を歩くなんて、羨ましい。
 練習着に着替える。一也のことを考えながらだから、周りより少し遅くなってしまった。はぁ、これも一也が焦らすのがいけないんだ。
 ブーブー、と携帯電話が鳴った。
 鞄から取り出すと、紫色に光っている。急いで開いて確認をすると、俺の口角は上がり、頬も熱くなる。
 練習前にメールがきてよかった!今日の俺は絶対いい球を投げられるし、ホームランも打てそうだ!試合はないけどね!

 “どこで待ち合わせがいい”

 絵文字も何もない、クエスチョンマークさえないこのメールに気分は上々!たまらない!

 “西国分寺にしよう!”

 彼の学校がある駅名をすぐに送って携帯電話を閉じた。きっと、彼もメールを送ってすぐに携帯電話を閉じ、練習に向かったはずだ。俺もこれからすぐに練習へ向かう。
 返事がくるのは練習終わりかそれとも明日か。できれば練習終わりがいいな。

 昨日の夜と同じようにホットココアをお気に入りのマグに入れて部屋へ持ってきた。いったん同室者に預けて二段ベッドの二階へ上る。コップを受け取ってお礼を言って、夏の夜の様に、座り込んで頭から布団を被った。
 あ、靴下持ってくればよかった。と思ったけれど、今日はそんなに寒くない。だって、一也と一日でこんなにメールが続いたのは初めてだし、次に会う約束だってした。そりゃ、今日だって添い寝をしてほしいとは思うけれど、次に会った時にしてもらうからいい。我慢をする。
 もっと貪欲に、我儘になっても一也は俺を見捨てず「仕方ないな」と言って手を差し伸べてくれるのだろう。
 早く日付が変わればいい。そうすれば、一也と会える日に近づける。
 湯気が立ち、牛乳の膜が張っているホットココアを冷ましながら飲み込んだ。甘くて、温かくて、まるで一也のようだと思った。




2014/11/13 04:23


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