▼「俺のお姫様!」などと同設定






 御幸が、「あ、」と言って一点を見つめた。なんだ、と思って見てみたら、そこには俺と御幸が尊敬してやまない滝川・クリス・優がいた。正確にいえば、青道の野球部員もいるのだが、きっと御幸にはそれが見えていない。
 御幸は頬を染め、キラキラと眩しい瞳で尊敬する彼を見つめている。今にも彼の元へ走り出して行きそうな勢いの御幸の側に、成宮がいなくてよかった。
 きょろきょろして、何かを確認した後、御幸は彼の元へと走り出した。集団行動が出来ない奴だとは思っていたが、何も言わずに走り出すとは思ってもいなかった。馬鹿な奴。それを見過ごせない自分も、相当、やられている。
 御幸の後を、早歩きでついて行った。くそ、なんで俺が御幸のお守りなんて。他の誰かが御幸の声に気づいていればこんなことにはならなかったはずなのに、なんで今日に限って気づかないんだよ。いつもは御幸の声に嫌というほど耳を傾けているというのに。
 御幸はクリスさんの前に立ち、声を掛けた。

「クリスさん!」
「…あぁ、御幸か」
「お久しぶりです…」
「そうだな」
「あの、クリスさん、きょ、今日も!かっんんん」
「かっこいいですね、クリスさん」
「白河じゃないか。久しぶりだな」

 後ろから御幸の口元を覆い、言おうとした言葉を奪ってやった。御幸はもごもごと何か文句を言っているが、離してやる気はあまりなかった。五月蠅い口は塞ぐべし。カルロスもそう言っていた。多分、意味は違うけれど。
 カルロスなら公衆の面前であろうと、口付けて黙らせてしまうのだろう。そんなこと自分にする勇気もないし、したいとも思わないし、成宮に目をつけられるのは面倒だ。
 クリスさんの周りの奴らは、俺たちに不躾な視線を向けてくる。そりゃあ、ライバルだとかなんとか言っている奴らが気安く話しかけてきたら嫌な気分にもなるだろう。逆の立場だったら、俺は舌打ちをしているはずだ。
 御幸の両手が、俺の右手を傷つけないように口元から外そうと躍起になっている。それを、優しい顔でクリスさんが見ていて、なんとも言えない気持ちになった。
 仕方なく、手を外すと、にや、と人の悪い笑みで俺を見上げてきた。

「もう、勝之チャンたら」
「なんだよ」
「男の嫉妬はみっともないぞ」
「地獄に落ちろ」
「はっはっはっ、ひどいね」
「二人はいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「仲良く?俺とこいつが?勘弁してください…」
「ついこの間、チームメイトから友人に格上げしたんです」

 頬を染めてうっとりとした、それでいて照れている表情でそんなことを言った。この馬鹿女はどうしてこんな洒落にならない表情で馬鹿げたことをいうのだろうか。ああ、馬鹿だからか。勉強ができる馬鹿ほど厄介な奴はいない。
 クリスさんが笑っているから、まぁ、いいとして。
 チームメイトから友人へと格上げしたのは事実だ。この間、中庭であったとんでもないこと、のお蔭で一気に距離が縮まった。それは望んでいたわけではないので、少しだけ戸惑ってしまうこともあるが、こいつはよく俺のところに来るようになった。
 成宮と付き合いだした、と聞いたとき、やっぱりあいつの王子様は成宮だし、成宮のお姫様とやらも御幸なのか、と思った。全ては必然だとでも言うように、成宮の隣は御幸が、御幸の隣は成宮が立つのが相応しいのだ。
 出会うべくして出会った二人を邪魔するわけにもいかず、かと言って放っておくことも出来ない騎士と呼ばれる人間たちというのが、俺やカルロスのことを指すのだろう。騎士なんて、そんなかっこいいものではないのに。

「友達が増えてよかったじゃないか」
「こいつが友達なんて、嬉しくないですね」
「私は嬉しいけどね」
「やな奴」
「そりゃどうも」

 ち、と舌打ちをした。御幸もクリスさんも笑っていて、なんだか悔しくなる。そして、絵になる二人に、胸がちりっと傷んだ。どちらに嫉妬しているのだろう。どちらでもいいか。
 御幸がクスクスと笑っていると、背後から褐色肌の腕がにゅっと伸びてきた。びくり、体が揺れる。
 俺と御幸がいなくなれば、一番に気づくのはこいつだろう。この男は、面倒な脱ぎ癖があるものの、それ以外では優秀な面のほうが多いのだ。人をよく見ているというのは長所だろう。

「随分と楽しそうなことしてるじゃん。俺も混ぜてよ」
「なんで」
「つれないなぁ、白河は」
「ほんと、つれないね」

 更に後ろから聞こえた低い声に、俺もカルロスも御幸も肩を揺らした。これは、あまりよくない状況だ。
 怒っている、と視線で訴えてきている。面倒だ。やはり、御幸の後を追うべきではなかった。
 成宮が御幸の隣に立ちすくむ。

「あのさ、一也」
「な、なに」
「一也でしょ、雅さんの鞄にどんぐり詰めたの」
「…は?」
「めちゃくちゃ怒られたんだけど」
「いや、違うけど」
「は?じゃあお前ら?」

 ぎろり、と睨まれた。俺とカルロスは首を横に振ったけれど、納得のいっていない王子様が殺気立っているのは一目瞭然で、青道野球部の部員が、息を飲むのが分かった。触らぬ神に祟りなし。何も言わず、何も聞かずに去ってくれ。そうしないと巻き込まれて面倒なことになる。
 尊敬する先輩を、こんなことに巻き込むわけにはいかない。御幸もそう思ったのか、クリスさんに目で訴えている。
 こくり、頷いたクリスさんは「また会おう」と爽やかに言って去って行った。本当はもっと話したかったのだけれど、仕方がない。
 原田さんの鞄にどんぐりを詰める、なんていう馬鹿なことをした奴が稲実にいると知られてしまったのも痛いところだ。稲実野球部には馬鹿がいる、と噂されたらたまったもんじゃない。

「御幸センパイ…」

 情けない声と共に一年の怪物がやってきた。ふてぶてしい態度のこいつが、こんなにしょぼくれているのを見たことがなくて、違和感を覚えた。

「降谷?どうした」
「さっき、たくさんのどんぐりを見つけたから鞄にしまったんですけど、なくなっちゃったんです…」

 お前か。
 お前がそんな面倒なことをしたのか。原田さんを怒らせるだけではなく、成宮の機嫌まで悪くさせた犯人はお前か。本当に、この男は何をしでかすかわからない。未知の生物だ。同じ人間とは思えない。思いたくもない。
 天然と呼ばれる部類の人間は、なんて厄介なのだろう。さすがに御幸も降谷を甘やかすことはしないだろう。

「へぇ、お前が、雅さんの鞄にどんぐり詰めたんだ」
「…?原田さんの鞄じゃありません、僕の鞄です」
「お前が自分の鞄と間違えて雅さんの鞄にどんぐりを入れたんだよこの馬鹿!俺がやったと思われてすごい怒られたんだぞ!?」
「……」
「無視すんな!雅さんとこ行くぞ!」

 成宮が降谷の手を掴み、無理やり連れて行こうとするが、体格差と力の差のせいでびくともしない。
 既に周りにいる人たちにこの会話は聞こえている。くすくすと笑う声がちらほら。俺たちは稲実のユニフォームを着ている。勘弁してくれ。

「あー、とにかく、みんなのとこ戻ろう。話はそれからな」
「そうそう、こんなとこで騒ぎを起こしたらもっと雅さんに怒られるぜ?」
「…仕方ないな」
「な、鳴、行こう」

 降谷ではなく成宮の手を握り、機嫌をとる。手を繋いだだけで成宮は嬉しいのか顔が綻びだした。その顔を晒すのも正直どうかとおもうのだけれど、それを指摘するのは今じゃない。
 動こうとしない降谷を連れていくのは俺とカルロスの役目で、この生意気な後輩を手懐ける方法があるのなら教えてほしいものだ。
 悔しそうな、悲しそうな、よくわからない表情を浮かべる降谷に、少しだけ同情した。お前が欲しがる場所は、お前にはどうやったって手に入れることができないのだから、さっさと諦めてしまえばいいのだ。
 不毛な恋などするべきではない。面倒事は御免だ。

 この後、チームの皆と合流して、降谷が犯人だと聞いた原田さんが怒号を飛ばしたのは言うまでもない。




2014/11/11 05:36


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