カーテンが翻る。春の風が教室内に入り込み、御幸の髪をゆらゆら揺らした。揺れる髪の隙間から見える額に、口づけてしまいたいと思ったのは今日が初めてではない。
恋をしてしまった。目の前の“男”にだ。女の子が好きだったはずなのに、俺はこの“男”に夢中なのだ。クラスが同じことに、こいつの相手をする唯一の人物ということに愉悦を感じている。
スコアブックを眺める瞳は、愛しささえ感じ、こいつは本当に野球だけなんだな、と苦笑した。
「なに笑ってんだよ」
見ていないと思って油断し、ハッとして御幸を見たけれど、その瞳は未だにスコアブックを眺めている。どうせならこっち見ろよ、と言ってしまいそうになった。
「べつに」
「笑ってただろ、今。なにがおかしかったんだ?」
「お前は野球だけだな、と思ってよ」
やっと顔を上げた御幸は、少しだけ眉間に皺を寄せていた。なんだ、その“傷ついた”みたいな顔は。そんな顔、俺は知らない。
ぶわっと勢いよく吹いた風のせいで、カーテンが大きく翻った。窓際の席にいる俺と御幸だけが、カーテンの中にいる。
「野球だけじゃねぇよ」
机に置いていた手の上に御幸の手が重なる。そこに視線を向けていたら、気付いた瞬間には御幸の顔が目の前まできていた。とっさに瞼を閉じると、唇に柔らかい感触。
一瞬の出来事のはずなのに、とても長く感じた。御幸は、カーテンから抜け出し、俺だけが取り残された。
抜け出した時の御幸の首は真っ赤だった。首だけじゃない、頬も、耳もだ。御幸の新しい表情を知って、胸がドキドキと忙しなく動く。
「いつまでそこにいんだよ」
掛けられた言葉は笑いを含んでいて、お前はキスひとつじゃ動揺もしないのか、と思いカーテンから抜け出したら、いつもスコアブックに向けるような瞳で俺を出迎えた。
「……その目で見るのは俺だけにしろよ」
「そんなに俺のこと独占したいの?」
「わりぃかよ」
目を見開いて口も開いた阿呆面で俺を見てきた御幸に声を上げて笑ってしまった。
拗ねたような顔で、スコアブックに向き直る御幸に、いい判断だ、と思った。俺の笑い声のせいでクラスメイトの視線は一気にこちらを向いた。見せもんじゃねぇ、と睨んだっていいのだが、御幸に軽く足を蹴られればそんな気だってどこかに消えてしまう。
ああ、愛しい。明確な言葉は無いけれど、俺たちは両想いというわけだ。
スコアブックを見ている御幸は、集中できないのか頬杖をついてふわりふわりと揺れるカーテンを眺めだした。
「もう一回、デカい風が吹いてくれりゃいーのにな」
「倉持くんのスケベ」
もう一度、風が吹いたら、うっすら汗をかいた額に口づけよう。もっと、色んな表情を見せてくれ。そして、貪欲な俺を、笑ってくれ。
2014/10/12 05:36