奇跡は起こる、なんて言ったのは誰だったかわからないけれど、俺は生憎“奇跡”なんて曖昧なものを信じていない。目に見えないそれを求める意味だって分からないし、それに縋る人たちだって分からない。
 奇跡なんて起こるはずがない。そんなものが起こったとしても、彼が自分を好きになってくれるとは思えない。
 嫌われているわけではない。絶対に。好かれている自信だってあるけれど、俺のことが好きなのか、投手が好きなのか、曖昧なところだ。
 御幸一也という男は、野球バカで、投手に尽くしすぎる面倒見のいい女房だ。そして俺は、彼が全身全霊を掛けて尽くす投手である。ほら、これで分からなくなった。彼が好きなのは俺なのか、それとも投手である成宮鳴なのか。
 そしていつも行きつくのは、投手だからでもいいから、好きでいてくれればそれでいい、で、笑ってしまう。本当は満足できるわけないというのに、それでも彼に嫌われたくなくて、自分の目標の中に「御幸一也に嫌われないような投手になる」というのが組み込まれてしまった。
 彼に嫌われない、それ即ち誰にも負けない投手になるということで。誰か一人にでも負けたら、彼が俺を見てくれなくなるのではないか、そんな不安に駆られるのだ。
 こっちを見て、俺だけを見て、なんて我儘は、彼には通用しない。
 そして、これが恋だと気づくのだ。

 彼に同じ学校に行こう、と誘って断られた日、そう言われるのは何となくわかっていたはずなのに、家に帰ってから部屋に籠って少しだけ泣いた。
 戦ってみたくなる、そう言われたことは少なからず嬉しいことだったはずなのに、涙は勝手に出てきて止まりそうになく、かと言って止めようとも思わなかった。
 これが失恋というやつなのかな、と思いもしたけれど、告白をしたわけではなかった。想いを伝えるならば、好きと言おうと思っていたし、失恋ではない。失恋ではないが、投手・成宮鳴から、捕手・御幸一也へのプロポーズのようなものだった気がする。
 手に入れるのには一筋縄ではいかないって、分かってたはずなんだけどなぁ。世話になった人、憧れの人、には勝てないのか。
 俺を選ばなかったことに後悔しろとは思わない。白河は後悔すればいい、なんて言っていたけれど、そんなことしないでほしい。だって、今は違うチームだけど、手に入れられないわけではない。それに、捕手の御幸一也を手に入れるのは難しいけれど、ただの御幸一也を手に入れるのは、そこまで難しくないはずだ。
 何度送っても返事のないメールを送る。これにも返事をくれないのなら、諦めるしかないかもしれない。諦める気なんて、これっぽっちもないんだけどね。こう言えばかっこいいかも、なんて。

 ベッドに寝転び、天井を眺める。なにもない、天井だけど、瞼を閉じれば一也が笑ってる。しょうがないな、鳴は。と言って甘やかしてくれる一也が、どうしようもなく好きで仕方ない。
 ああ、奇跡が起こって、一也が俺のこと好きだ、なんて言ってくれればいいのになぁ。
 枕の横に置いておいた携帯が、ブーブー、と震えだした。光っている色は紫色で、一也は紫が似合うなぁと思いながら設定した色だ。一也だけが、俺の特別。
 携帯を開くと、新着メールが一件。
 メールフォルダを開くと、一也、と設定された無機質な文字。
 ドキドキ、と心臓が騒ぐ。
 震えている指先に、はは、と乾いた笑い声が出た。試合でだって、こんなに緊張したことないのに。一也のこととなると、本当に駄目だなぁ。
 意を決して決定ボタンを押し、メールを開く。
 そこには、一言だけ、“俺も”の文字があった。
 ドキドキ、心臓がさっきより騒ぎ出す。
 ぼやけてくる視界に、上を向いていられなくて、枕に顔を押し付けた。

 “一也、俺、一也のことが好き。捕手の一也じゃなくて、ただの御幸一也が好き。”

 数時間前に送った返事は素気ないけれど、返事が返されたことが嬉しくてそんなこと気にならなかった。だってだって、“俺も”の一言にいろんな言葉が隠れているのも知っているから。
 涙は止まらないけれど、どうしても声が聴きたくて電話を掛けた。きっと面倒くさそうな、それでいて照れくさそうな声色で「なんだよ」と第一声を発するに決まっている。それを考えただけで、俺の心はぽかぽかと温かくなった。
 奇跡は起こる、これは今でも信じられない。一也が俺を好きになったのは、奇跡なんかじゃなく、必然であり、当然のことなのだから。
 好きになったのは必然。だけど、俺と一也が出会ったのは神様が起こした奇跡のひとつかもしれない。



2014/11/10 00:27


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