この状況はいったいなんなのだろう。いや、なんなのだろう。って自分が蒔いた種が原因ではないか。少し前の自分を呪う。後悔はしたって遅い。今更どうすることも、できないこともないか。さて、どうこの状況から抜け出すか。乾いた唇をひと舐めしたら、目の前の男がそこをジッと見つめてきた。
 やっぱり、抜け出せないかも。
 何が悲しくて、幼馴染というか、腐れ縁というか…チームメイトに押し倒されなければならないのか。ちょっとからかっただけだというのに、これだから童貞は、と言ったら首を絞められそうだ。

 潔癖症で几帳面、淡泊そうな白河が、何をオカズにして抜いているか気になったのでしつこく迫ると、大きく舌打ちをされた。どうせ答えてくれないだろう、そう思いながら出した質問に、質問で返されるとは思わなかった。
 今思えば、質問で返されるに決まっているのだが。

「お前は何で抜いてるんだよ」
「雑誌とか動画とかだよなぁ」
「自分の身体でも見て抜いてるのかと思ってた」
「さすがにそれは俺でも無理。ほら、俺が答えたんだから白河も聞かせてくれよ」
「は?言ったら言うなんて約束してないから」
「まぁまぁ、そう言わずにさ」

 好奇心は猫を殺す、と言うではないか。引き下がればよかったものを、俺はちっぽけな好奇心に負けて、言わせようとした。口ごもる白河が、はぁ、とため息をついたので、やはり言うつもりはないよな、と思っていたのに、白河は思い切り立ち上がり、俺のほうへと寄ってきた。
 赤みがかった茶色い髪がサラ、と揺れ、切れ長の鋭い目が俺をぎろりと睨む。その視線に、背筋がぞわ、と粟立った。嫌な予感がしたけれど、なんでか動くことができない。あれか、金縛りってやつか。そういう類のものは信じていないけれど、こいつならどうにかできそうな気がして、冷汗が出てきた。
 俺の前にしゃがみ、胸倉を掴んだ。こんなに近くで白河のことを見ることはないので、なんとなく役得だな、なんてこの場にそぐわないことが頭を過った。形のいい眉に、鋭く切れ長な目、鼻筋だって悪くない。唇も、悪くない。こいつも、顔が整ってるんだよなぁ。
 ぼんやり見ていると、白河が舌打ちをした。その癖、どうやったら止められるんだろうな。

「お前だよ」
「なにが」
「さっきの質問」

 はて、と少し前の記憶を辿る。ああ、そうだそうだ。白河が何をオカズにしてるかっていう話で、それで、白河は教えたがらなくて、えと、お前って、つまり――

「俺?」
「そうだって言ってんじゃん」
「白河ってゲイだった?」
「は?それ本気で言ってんの?」

 本気というか、なんというか。いや、白河の性癖なんて知らないし。そんな話一回もしたことないじゃないか。知るわけないだろ!
 俺は男同士とか女同士とか偏見があるわけじゃないから気にならないし、自分自身、どちらでもイケる口だと思っているので、とくに何かあるっていうわけじゃない。気持ち良ければいい。愛があればいい。そういうタイプなのだろうと思っていた、が。
 男から好意?を向けられたのはこれが初めてで、かなり動揺してしまっているようだ。だって、あの、白河のオカズが俺?いやいや、冗談かも、と思って考えてみるけれど、白河はこんなことで冗談を言う奴ではないだろう。ってことは、やっぱり、マジ、なんじゃないのか。
 でもゲイではないってことは、俺で目覚めちゃったとか?俺がところ構わず脱ぐからか?だめだ、一回落ち着こう。深呼吸をしようと力を抜いたところで、押し倒された。

「ちょちょちょ!」
「なんだよ」
「いやいや、なにしてんの」
「聞いたんだから相手しろよ」
「はは、マジかよ」
「嘘で言ってるように聞こえるわけ?」
「聞こえないから確認したんだけど」
「ふん」
「なぁ、どういうこと?これって、俺が掘られちゃうの?」
「はぁ?」
「あ、白河が掘られるのか!」

 このとんでもない状況についていこうと脳はフル回転している。今までこんなに脳を使ったことがあるだろうか。明日は知恵熱出るな。いや、知恵熱なんて出してる暇ないだろ。俺の貞操が危ないっていうのに。
 白河の何度目かわからない舌打ちが響いた。

「なんで俺がお前の下で喘がなきゃいけないんだよ」

 俺の少しの希望は打ち砕かれた。いや待て、俺はなんで男を掘る側に希望を見出しているんだ。掘るのも掘られるのもどっちにも希望なんてないだろ。
 そして話は冒頭に戻る。
 男を掘る趣味も、掘られる趣味もないのだ。偏見もない、女も男もどちらでもイケるとはいうけれど、そりゃ、柔らかくてかわいい女の子のほうがいいに決まっている。これで、白河が御幸くらいの肉付きの良さならまだ考えられたけれど、細すぎるし、――ってなんで俺は冷静になってそんなことを考えているんだ。
 そりゃあまぁ、確かに御幸ならイケそうな気がするけれど、ないだろう。
 ぎ、っと腕が力強く掴まれた。痛いって、なんだよ。

「なに考えてた」
「は?」
「あいつのことじゃないだろうな」
「あいつって、」
「御幸一也だよ」
「は、なんで――」

 “なんでわかったんだ”なんて言葉は火に油を注ぐだけなので言葉を続けるのは止めたのだが、白河には伝わってしまったらしい。っていうか!なんでわかったんだよ!お前本当は御幸のこと嫌いじゃないだろ!嫌いな奴のことほど敏感に察知しちまうってか?それにしたって、なんで俺の考えてることがわかったんだ。

「なんでもいいから抱かれろよ」
「いや、無理」
「なんで」
「俺、ゲイじゃない」
「俺だってゲイじゃない」
「えーーー、じゃあなんで」
「なんでわかんないんだよ」
「いやいや、意志疎通できる仲でもないからな、俺たち」

 そう言うと、心なしかしょんぼりした白河が舌打ちではなく、ため息を吐いた。お前が言いたいこと、なんとなくわかるけど、いつどうしてどこでそう感じるようになったんだ?俺は、わかんねぇよ。でも、お前を嫌いになれるわけもないんだよなぁ。
 押し倒してきた白河の瞳は、野球をしている時に似たぎらつきを持っていて、この瞳に絆されてしまいそうになる。この瞳が、俺は好きなのだ。普段は見せないような獲物を狩る捕食者のような瞳が。
 絆されてみても、いいかもなぁ。と思い始めた脳に、叱責しようか迷い、やめた。だって、この瞳の奥には不安が混ざっているではないか。この不安を取り除けるのが俺だけだというのなら、取り除いてやりたい。
 明確な言葉を寄越してくれるとは思えないこいつの、特別とやらになってやろうと思い、両手を伸ばし首の後ろに回し、ぐっと距離を近づけて口づけた。乾いた唇を潤すようにぺろりと舐めあげれば、瞳は満足そうに歪められた。
 ああ、俺、お前のこと好きかもしれない。




2014/11/08 04:42


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