▼「僕のお姫様!」などと同設定です。






 欲しいと思っていたものはもうすでに人のもので、自分のものにできないことに、初めて悔しいと感じた。
 どうしてあなたは誰かのものなのですか。という質問は、同級生の捕手の硬い手に遮られた。多田野君が「なんでもないです」と言って僕の手を引っ張った。なんで、どうして君はそんなことをするの。僕は、ただ、あの人に話を聞いてほしかっただけなのに。
 無言の圧力を感じたのか、多田野君は視線を逸らしながら、ごめん、と謝罪してきた。そんな顔で謝られたら、怒るに怒れないじゃないか。

「なんで」
「御幸先輩を困らせることはしたくないって言ってたじゃない」
「そうだけど、僕は話がしたかっただけ」
「もっと、違う内容のほうがいいよ」
「どうして」
「御幸先輩はきっと、困っちゃうから」
「そうなのかな」
「そうだと思う」

 友達がいなかった僕には、普通の会話も、困らせてしまう内容も、わからなかった。どうしたら、困らせないように話をできるだろうか。考えようとしても、僕の脳は「どうして誰かのものなのか」という内容しか浮かばなかった。胸が、ちり、と傷んだ。
 欲しいとは思うけれど、御幸センパイを困らせたくないし、きっと、あの王子様といるほうが幸せなんだと思う。
 キラキラと太陽の光を浴びて輝く鬣のような髪の毛に、雲一つない青空を連想させる大きな水色の瞳に、子供の様に笑い、時には残酷な笑みと共に辛辣な言葉を吐く唇も、本当に、王子様のようなのだ。そんな王子様の隣で笑う御幸センパイは、確実に彼のもので、自分には付け入る隙もありはしない。
 それに比べ僕は、輝く髪も、青空のような瞳も、子供の様に笑うこともない。彼と比べること自体、馬鹿げたことだとは分かっているけれど、そうしなければ、どうして自分が御幸センパイの隣を歩けないのか納得がいかないのだ。
 勝ち負けではないことはわかっている。もしかしたら、出会った順番が違えば、なんて思ってもみたけれど、きっと御幸センパイは、成宮センパイに惹かれていくに決まっている。
 御幸センパイのことを追いかけてこの学校に来たけれど、僕は、成宮鳴にも惹かれていた。話をしたいのに、僕は彼に嫌われている。
 落ち込んでいると、多田野君が「大丈夫?」という言葉をくれた。今まで、そんな言葉をくれた人なんて記憶にないので、僕は嬉しくてたまらない。

「大丈夫」
「そう、よかった」
「成宮センパイって、なんで僕のこと嫌いなのかな」
「えっ」
「だって、すごく睨まれる…」
「うぅん、凄い球を投げるし、その、御幸先輩と話してるのが気に入らないんじゃないかな」
「認められてる?」
「それは本人に確認してみないと」
「じゃあ、聞いてくる」
「は!?」

 多田野君が変な声を出したけれど、僕は気にせず成宮センパイの元へ向かった。成宮センパイは、原田センパイと一緒にブルペンで練習している。うらやましい。僕も、投げたい。
 真剣に取り組む姿に、邪魔をしてはいけない、と思ったけれど、僕は気になっていることをどうしても聞きたくて、声を掛けようと口を開いた。

「あ、」
「降谷」
「え…、はい?」

 声は出たけれど、後ろから掛けられた真剣な声に、思わず振り向く。大きな瞳が、まっすぐ僕を見つめる。御幸センパイは、手招きをした。それにつられて近付くと、キッと鋭い目つきで睨まれた。

「あのな、今、成宮は真剣に練習してるの。集中してるし、邪魔しないでくれないか」
「あ、す、すいません…」
「多田野はどうした?球受けて貰うなら雅さんじゃなくて多田野でいいだろ?」
「…僕は、御幸センパイに受けて貰いたいです」
「はは、勘弁してくれよ」
「取れないんですか」
「取れないことはないだろうけど、今はマネージャーなんでね。マネージャーが怪我なんて、笑えないよ」
「だめですか」
「だめです」

 あからさまに落ち込んだ僕の頭をガシガシと乱暴に撫でた。髪を触られるのは気持ちがいい。もっと触ってほしい。どうしたら、もっと触っててもらえるだろうか。
 御幸センパイは、歯を見せて笑った。なんだかわからないけれど、さっきまでざわついていた胸が、ぽかぽかと温かくなった気がした。

「投球練習がしたいのは間違いじゃないんですけど…」
「ん?」
「成宮センパイと、話がしたくて…」
「んん?」
「成宮センパイ、すごいし、かっこいいから、話してもらいたいんですけど、僕のこと嫌いみたいだから…」
「練習終わったら成宮の部屋行ってみれば?マッサージしますとかなんとか言って。そうしたらさすがに嫌がらねぇよ」
「本当ですか?」
「うん」

 嬉しくて、御幸センパイの手を取りお礼を言っていたら、通りすがりの白河センパイに舌打ちされた。僕、なにも悪いことしていないのに。
 お前、みんなに嫌われてるな!と御幸センパイが声をあげて笑った。
 僕の欲しかったものが、御幸センパイだったのは確かだけれど、この人は僕の球を受けてくれない。女の人だと知って、とても落胆したのを覚えている。球は受けない。そう言われて更に落ち込んだのに、成宮センパイの投球練習には付き合っていて、どうして僕の練習には付き合ってくれないのだろう、そう思ったけれど、この二人が特別だ、と聞いて、天然だと言われる僕も、しっくりきたのだって、忘れることはない。
 僕もその特別にしてほしかった。けれど、もう、特別でなくてもいいと、思っている。欲しいと思わないわけではない。御幸センパイにも、成宮センパイにも、笑っていて欲しいと思い始めたのだ。それが、どうしてかなんて僕にはわからない。



2014/11/06 02:54


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