▼「俺のお姫様!」などと同設定
▼鳴御♀前提の雅御♀です。


 おかしな奴らだと、入部当初から思っていた。距離は近いくせにお互いに薄い壁のようなものを作って、それを超えないように超えないようにと必死になっているように見えた。どう考えてもお互いに想いは通じているというのに、その一歩を踏み出さないのは、何が原因だろうか、なんて柄にもなく考えてしまった。
 投手のことで頭が一杯になるならまだしも、天才捕手と言われたあの女のことまでも考えてしまうのは、非常に不愉快だ。
 なぜ捕手として続けなかったのか、という誰かの問いに対し、「自分は男ではないし、甲子園にいけない。剛速球を取り続けるのは難しくなってきたからな」と遠くを見て答えていた。その答えを聞いて、鳴が悔しそうな顔をしていたのは、位置的に御幸には見えていないはずだ。悔しそうにする顔を、入部してからそんなに経っていないのに何度か見たけれど、その時の顔は、見たことがなかった。他人の為にそんな顔ができるのか、と感心したくらいだ。
 御幸が稲実に入った経緯を聞いて、ため息が出た。変わりモンだとは思っていたが、そこまでするとは思っていなかった。そこまでして手に入れたはずなのに、二人の距離は変わっていない、とカルロスから聞いたときにも、ため息が出た。
 俺は恋愛なんてものには今のところ興味がない。頭の中は野球で一杯になっていたはずなのに、あの二人が入部して、俺の頭の中には、あの二人のことを考えるスペースができてしまった。
 御幸が誰かと話をするだけで嫉妬する鳴に、女にキャーキャー言われてそれに気まぐれに答えている鳴を見て悲しそうな顔をする御幸。好きならば、好きと言うべきではないのだろうか。やはり、恋愛というものは俺にはわからない。

 「一也は投手が好きなんだよ」と言った鳴は、誇らしげな顔をしていた。そりゃ、投手じゃねぇお前を好きじゃねぇってことじゃねぇのか、という言葉は飲み込んだ。投手の調子をこんなことで崩してたまるものか。
 「そうか」と答えた俺に、鳴は「捕手のことも、嫌いじゃないんだよ」と言ってきた。この時は、どういうつもりで言ったのか、よくわからなかったが、今はわかる。これだって、べつに捕手が好きなわけじゃねぇじゃねぇか。
 こんな話をした翌日、俺は御幸と話をすることになる。先輩にも恐れることなく、マネージャーという立場ながらずけずけとものを言うこいつを、よく思っていない奴は存在する。俺だって、その一人だ。マネージャーのくせに、でかい口たたくな、と誰かが面と向かって言っていたけれど、御幸は気にすることなく、飄々とした態度で相手をしていた。
 文句を言っていたのは俺と同学年で、ふむ、確かに御幸の言っていることは間違いじゃねぇな、と思いながら、御幸の元へと向かう。あんまり敵を作るんじゃねぇよ。と忠告してやらねばならない。どんなに御幸が実力のある捕手だったとしても、ここではマネージャーで、相手は先輩だ。力のない御幸が襲われでもしたら、勝ち目がないことくらいわかっているだろうに。
 年下のマネージャーに言われて素直にはいそうですか、と納得するような奴ではないのだ。

「おい、そこまでにしておけ」
「雅…」
「雅さん」
「御幸の言ってることは間違いだとは思わねぇよ、俺は」
「おい、雅まで…!」
「そこを直せばレギュラーに近づけるんですよ」
「うるせぇ!」

 口を挟まなければいいものを、こいつはわざと口に出したように思えた。手を上げ、御幸に向かって振り下ろした。咄嗟に動いた体は、そいつと御幸の間に入り、俺が殴られることになった。たく、なんて面倒なことをしてくれるんだ。御幸はあの憎たらしい顔で笑っているかもしれない。
 「雅!なんで御幸を庇うんだよ!」と叫ばれた。うるせぇ。俺だってわかんねぇけど、体が勝手に動いちまったんだよ。それに、女に手を上げる男ってのはよくねぇだろ。
 後ろから、「なんで」という声が聞こえた。

「あ?」
「なんで庇ったの、怪我したら…!」
「お前が怪我して鳴に騒がれるほうが俺は嫌だぜ」

 目の前の男を睨みつけると、「悪かったよ、」とばつの悪そうな顔をしてから「頭冷やしてくる」と走って行った。御幸の言っていることが正しいなんて、みんな知っている。それに従うのが癪に障るだけだ。

「雅さん」
「なんだ」
「手当、しないと」
「叩かれただけでか?馬鹿言うな」
「でも」
「なんだよ」

 振り向くと、見たこともない顔をした御幸がいた。いつも飄々としていて、人を馬鹿にしたような顔をしているあの御幸が、今俺に向けている表情は不安を感じさせる顔だった。それは、俺に向ける顔じゃねぇだろ。

「変な顔するな」
「してないです」
「してるんだよ」
「絶対してない」
「おめぇはよ、もう少し言葉を選んだらどうだ」
「あの言い方をすれば、悔しがって練習するかと思ったんですけどね」
「たく、面倒な奴がマネージャーになったもんだ」

 ムッとした顔を見せたけれど、そんな顔されたって可愛くもなんともねぇ。綺麗だ、可愛い、と言われる御幸の顔が、俺は苦手だった。大きな瞳でまっすぐ見つめてくる姿は、鳴と被るものがあるけれど、何かが違うのだ。女性特有の、色気か何かだろうか。

「雅さんが来てくれると思いませんでした」
「俺だって行く気はなかった」
「でも、来てくれた」

 御幸は、ほんのり頬をピンク色に染めて、視線を地面に移した。初めて見たその表情に、少しだけときめいた。こいつを知りすぎるのはよくない。深みに嵌って戻れなくなる。それでもいいと、魅了されてきた男が、こいつの周りに集まるのだろう。

 月日が経ち、学年が上がった。御幸の態度は変わらないし、鳴と御幸の関係も変わらないのだろうと思っていたら、薄い壁が取り壊されたのか、なにやら甘い空気を纏っている。ただ、隣にいるというだけなのに、そう思えるくらい関係を進めたのか、と感心した。こんなことで感心するのは、おかしなことだろうが。
 幸せそうに笑う二人を、微笑みながら見守る友人という図には、おかしくて笑ってしまいそうになった。一人は、確実に納得していないし、もう一人は、それでも自分のものにできるだろうかと考えているに違いない。
 御幸の俺を見る瞳が熱く、ねっとりしたものなのは、二人が結ばれても変わっていない。鳴からしたらたまったもんじゃねぇだろうよ。そう思って鳴に聞いてみたら、あいつは「それでも、一也の一番は俺だよ」と白い歯を見せて笑った。
 やっぱりこいつらは、おかしな奴らだ。



2014/11/05 04:17


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