▼「俺のお姫様!」の続きです。






 本日も晴天なり。雲はもくもくと変な形をしていて、青い空は俺の瞳のように輝いている。太陽を見つめるのは止そう。眩しくて見ていられないから。そう、一也の笑顔のように。
 昨夜、想いが繋がり恋人同士となった俺たちは、特に変わったこともせずに、いつも通り一日を過ごした。本当は、一也は俺の彼女になったのだ、と言って回りたかったけれど、一也がそれだけはやめてくれ、と言うものだから仕方なく言い回るのは諦めた。できるだけ、一也の嫌がることはしたくない。
 朝練時、雅さんには怪訝な顔で見られ、白河にはため息をつかれ、カルロスには笑われた。自分がどんな表情をしているかわからないけれど、頬が熱いから、きっと照れているのだろうと思うことにした。
 授業中は、先生に「成宮!ヘラヘラするな!」と何度も注意された。ヘラヘラなんてしているつもりはないけれど、前から生徒の顔を見渡せるところにいる先生たちが言うのだから、きっとヘラヘラしているのだろう。引き締めなければ、と思って意識していたのに、次の授業でも同じように注意されてしまえば為す術もない。諦めて、そのままでいることにした。
 昼休み、一也のクラスへ向かうと、一也はいつも通り、スコアブックを眺めていた。その姿に、見惚れているクラスメイトがちらほらと見受けられた。どうだ、綺麗だろ。でも、君たちには一生かかっても手に入れることの出来ない、世界に一つだけの宝石だよ。
 俺に気づいた女の子が、「成宮くん」だの「鳴くん」だのと名前を呼んできたけれど、それには目もくれず、一也の席へとずんずん進んでいく。女の子たちだって、このクラスに来た理由くらいわかっているはずなのに、飽きないなぁ。
 一也の席は窓際で、今日は寒いというのに少しだけ窓が開いている。一也が風邪を引いてしまったらどうするのだ、と思ったけれど、一也が自分で開けたのかもしれない。だったら、一也は馬鹿だ。
 窓から注ぐ太陽の光で、一也の甘栗色の髪の毛がキラキラと光っている。綺麗だ。声を掛ける前、一也が顔を上げた。

「鳴クンたら、無視するなんて非道いんじゃない?」
「だって、話したら一也は嫉妬するだろ?」
「はぁ?自惚れるなって」
「自惚れや、大好きだろ」
「はっはっはっ」
「図星ってやつだね」
「鳴クンたらうるさいわよ」

 なんだ、教室に来てるの気づいてたんじゃん。まぁ、あんだけ女の子たちが騒げば無理もないか。気づいてて、気づかないフリをして、嫉妬の炎を燃やしたのか、と思うと愛しさが込み上げてきた。ああ、やっぱりこの可愛くて綺麗な人は俺のものなんだ、って言い回りたい。
 一也が鞄から弁当箱を出して、席を立った。脇には、スコアブックを抱えている。

「行くんだろ?」
「どこに?」
「カルロスと白河んとこ」
「あー、うん行く」

 がたん、と椅子が音を立てた。弁当箱は、二つある。これ、俺の分かなあ。と考えていたら、持って、と弁当箱を渡された。あ、俺の分だね、これ。わかっちゃったよ、俺。
 教室を出ようとしたら、女の子たちが「鳴くんまた来てね」なんて言ってきた。お目当ては一也なのに、それでもいいのかな。俺の前を歩く一也の表情は窺えない。クラスの子たちと、やっぱり仲良くないのかな。野球部の奴もいるけれど、マネージャーは一也しかいない。野球部の奴だって、一也とは仲が良いわけではない。
 野球以外にも、少しは目を向ければいいのに。あ、向けてるか。初めての恋だもんね!
 一也の初恋の人が俺か、と聞かれたら答えはノーだ。一也は、滝川・クリス・優に恋をしていた。その時の瞳を、自分にも向けてほしいと思ったときには、きっと恋に落ちていたのだ。一也の心の中には、きっとまだ滝川さんへの想いが残っている。本当は、嫌だけど、一也が大切にしている想いを無理やり捨てさせるわけにはいかない。滝川さんに恋をしている一也のことだって、好きなのだ。
 好きなものを見ている時の一也は、とても綺麗で、ずっと見ていられる。
 考え事をしていた俺は、右手が温かいことに今更ながら気づいた。視線を向けると、俺の手は、一也の左手に繋がれていた。わわわ、なんだこれ、いいの、こんなことこんな場所でしちゃっていいの?
 周りをきょろきょろと見渡すけれど、手を繋いでいることに気づいている人はいないようで、ホッとした。さっきまで、言い回りたいと言っていたくせに、なんでこんな人の目を気にしてしまうのだろうか。あ、一也のファンに石を投げられるかもしれないからか。
 俺にはファンクラブがあるらしい。一也に聞いたら、「そんなの聞いたことも見たこともない」とスコアブックを見ながら言われたのを思い出す。それと同時に知った、一也のファンクラブの存在。男女ともに人気があるらしく、ファンクラブに入っているのは男だけというわけではないらしい。隠れファンはいるのに、友達がいないってどういうことなんだろう。改めて、一也のことが心配になった。
 このままカルロスと白河の教室に入るのかな、と思ったら教室に着く前に離されてしまった。でも、あれ、そうだよな。付き合う前から手を繋ぐことはあったよな。うん、あった。それはいつだって俺から繋いでいたけれど。一也からのアプローチが、なんだか多い気がする。これって、恋人になれて嬉しいってことなのかな。あー、きっとカルロスにあったら「顔緩みすぎ」って笑われるに決まってる。
 教室の入り口で、二人の姿を探す。白河の席に、カルロスがいた。俺たちに気づいた白河が席を立つ。カルロスが、振り返って俺の顔を見て笑った。

「鳴、顔がすごい緩んでる」
「その締まりのない顔、どうにかならないの」

 近付いた二人が言った言葉に、一也が俺の顔を見る。俺の顔を見た一也は、にんまり笑って、「ひでー顔」と言ってきた。しょうがないだろ、だって、今、すっごく幸せなんだ。この幸せをみんなに分けてあげたい。今日の俺はいい子だね。

「どこで食べる?」
「寒くないところ」
「空き教室行く?」
「どこでもいいよ」
「購買行こう」
「ていうか、なにその弁当」
「なにって、愛妻弁当だよ!」
「雅さんの手作り?」
「なんで?なんで雅さんになるの?俺の女房はもう一人いるからね」
「ああ、多田野か」
「ちっがうから!」
「樹って飯作れるんのかな」

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら購買へと向かう。購買に近付くにつれ、廊下の騒がしさが増す。この戦場に今から飛び込むのかと思うと、気分が下がるけれど、幸いにも今日は一也の手作り弁当がある。だから、買うのは飲み物だけなのだ。それくらいなら、カルロスも白河も買ってきてくれるだろう。

「鳴は買いにいかないの?」
「え、だってこの弁当食べていいんでしょ?」
「そのために作ってきたけど、これじゃ足りないかもしれないし」
「うぅん…じゃあ買いに行こうかな」
「お茶よろしくね」

 俺にお茶買いに行かせるために琥珀色の瞳で見上げてくるなんてずるい。カルロスと白河が笑っている。

「尻に敷かれてるんだ」
「うるさいなぁ」
「実際そうだろ?」
「…これから尻に敷かれる人生が待っているのか」
「これから?」
「昨日から恋人なの」
「……」
「……」
「…なんか言ってよ」
「いや、うん、おめでとう?」
「…やっとか」
「白河が一也と何かをしたのはわかってるけど、問い詰めたりしないから安心して」
「出来そうもないわ」

 付き合いだしたと打ち明けると、二人は変な顔をしていた。変な顔というのがきっと一番いい表現だと思う。だって、本当に変な顔なんだ。その顔をあまり見ないようにして、俺は二本のお茶を手に取った。
 はあ、と二人のため息が重なったような気がするけれど、聞こえないふりをする。お金を払って、一足先に一也の元へ戻る。滅多に鳴らない携帯電話を眺めているけれど、なにしてるんだろう。

「なにしてんの」
「樹に料理できるか聞いてんの」
「それ聞いてどうすんの」
「べつに、どうもしない」
「俺以外に興味持たないでよ」
「おーおー亭主関白ってやつ?嫌いじゃないね」
「投手としては、だろ」
「あのさ、私は、投手の鳴も、投手じゃない鳴も好きなんだけど?」

 なにその告白。それって今言うことだった?いや、言うことだったか。けど、こんな人がたくさんいるところで言う必要ないんじゃないの。あれれ、でも一也はなんだか楽しそうな顔をしているってことは、これって、わざと言ってる?周りにバレてもいいってこと?そういうことではないのかな。
 やっぱり一也の考えてることがわからない。

「俺も、どんな一也のことも好きだよ」

 周りに聞こえないように、一也の耳に唇を寄せて、そう呟いた。擽ったそうにしているのがとてもかわいい。満たされている、と顔が語っている。ああ、今すぐキスをしたい!

「キスしたくなっちゃった」
「それはさすがにここでは無理かな」
「だよね。じゃあ、人がいないとこ行こうか?」
「お腹減ってるからあとでね」

 きっと、昼休みが終わるまで四人でご飯を食べながら喋ってるだろうし、この“あとで”は練習も自主練もすべて終えた、昨日と同じ時間帯を指しているんだろう。これは憶測だから、合っているかなんてわからない。合ってればいいんだけどなぁ。
 食べ物を買ったカルロスと白河が戻ってきたので、空き教室に移動する。俺は一也の隣を歩いて、時々触れ合う手に心を震わせていた。



2014/11/04 05:22


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -