※御幸出てきません。
※白河の無自覚片想いです。
※鳴は御幸が好きなだけです。







 ぐらり、と世界が揺れた。そのあとに、俺は自分が倒れていくのを感じていた。ゆっくり、ゆっくりとまるでスローモーションのように世界が回る。駆けつけてくる奴らが何かを叫んでいるけれど、何を言っているのかわからない。瞼を閉じるのも億劫だ。そう思っていたのに、自然に瞼が下りてきた。瞼の裏に映っていたのは、ここにはいない、俺の嫌いな奴だった。

 瞼を開いて最初に見たのは、茶色い板だった。ああ、ベッドか。と気が付くまで数秒かかってしまったことに、やはり自分は体調が悪いのか、と思った。それにしても、このベッドは誰のベッドだろうか。俺のベッドは二段ベッドの上なので、いま俺が包まれている毛布が自分のではないのがわかる。それと同時に、不快感。
 体が少しだるいけれど、仕方なく起き上がろうとしたとき、王子様の声が響いた。

「あー!起きるな!」
「成宮…」
「お前は安静にしてなきゃいけないの!」
「うるさい」
「はぁ!?誰がお前を運んだと思ってるの?」
「お前じゃないことは確かだよ」

 体はだるいけれど、意識はハッキリしているし、言葉も喋れる。そんなに重症じゃないのだから、寝ている必要なんてないだろうに。ふと、成宮の服装が気になった。さっきはユニフォームを着ていたはずなのに、今は部屋着だ。窓の外から注がれているはずの夕陽だって見えない。おまけに、俺の服もユニフォームから部屋着になっている。誰だよ、着替えさせたの。
 何がなんだかわからなくて、目の前の成宮をじっと見つめる。お得意のにんまり顔で、何を考えているのかよくわからない。こういう時の成宮はとても面倒で、あまり関わりたくないのだが、この部屋にいるのが俺と成宮の二人だけという時点で避けて通れない道だと物語っている。カルロスどこ行った。

「……」
「……」
「……俺、どれくらい寝てたの」
「すごく寝てたよ。もうとっくに練習終わってるからね」
「成宮はなんでここにいるの。ていうかここ誰の部屋」
「カルロスの部屋だよ」

 その言葉だけで救われた気がした。潔癖の気があるので、あまり人の布団には入りたくない。カルロスや成宮なら大丈夫なのだが、あまり仲の良くない奴のだったら最悪だった。
 成宮はまだあの腹の立つにんまり顔で俺を見ている。

「…なんだよ」
「さっき、寝言言ってたよ」
「は、なんて」
「みゆき、って。なんで一也の名前呼んだの?」
「知らない。ていうか呼んでない」
「呼んでたから。ごまかしても無駄だよ」

 にんまり顔から急に鋭い顔つきになり、キッと睨んできた。なんだよ、それ。夢だって見てなかったんだからあいつの名前を呼ぶわけないだろ。倒れた時にはなぜか見たけれど。それを思い出して不愉快な気分になり、思わず舌打ちをしてしまった。眉を寄せた成宮が、俺の胸倉を掴んだ。

「おい、」
「一也のこと好きなの?」
「はぁ?」

 とても間抜けな顔をしているだろうし、とても間抜けな声が出た。どうしてそうなるかわからない、どうしたらそこに繋がるのだ。俺は、あいつを好きだなんて思ったこともないというのに。

「何言ってるんだ」
「だって、一也の名前呼んでたし」
「呼んでないって」
「…自覚ないだけでしょ。本当に呼んでたよ。倒れた時、小さな声で御幸、って言ってた。なんで一也の名前だったの」
「……倒れた時、あいつの顔をおもいだしたんだよ」
「なんで」
「そんなの、俺が聞きたいよ」

 胸倉を掴んでいる手を傷つけないように離させる。きっと、あいつだったらもっと優しく離すのだろう。俺の返事に納得いかないような表情をしている成宮は、また大きな瞳で見つめてきた。吸い込まれそうな水色に、視線を逸らした。

「一也は、渡さないよ」
「あのさ、俺、あいつのこと好きじゃないから」
「嫌いにもなれないくせに、なに言ってんの」
「は、」

 心を見透かされたかと思った。口では嫌いと言うけれど、どうしてかあいつのことを嫌いになれない。それを誰かに言ったことなんてないのに。なぜ成宮が、なんて愚問だった。だって、こいつは御幸一也のことならなんでも敏感に察知してしまうのだから。
 俺は今、どんな顔をしているのだろう。

「好きじゃない。あいつのことは、すきじゃないよ」
「……」
「お前のお気に入りのものを奪うなんて、するわけないだろ」
「お気に入り、ってだけじゃない。渡す気だってないよ」
「だから、奪う気が無いんだってば」

 何を言っても無駄だろう。どうこいつを満たせる、と考えていたら、部屋のドアが開いた。助かった、と成宮に気づかれないようにため息を吐いた。だって、こんな息が詰まることは久しぶりすぎて。
 ペットボトルを持ったカルロスが、一瞬だけ眉を寄せた。

「喧嘩するなら外行ってくれ。ここでやられちゃ困る」
「喧嘩じゃない。白河が一也の名前を呼んだからなんで呼んだのか問いただしてたの」
「坊や、御幸の名前呼んだだけでそうなるの?面倒な奴だねぇ」
「だって、気になるんだから仕方ないだろ」
「別の日にしてやれよ。白河は倒れたんだから」

 ほら、と言ってペットボトルを渡してきた。こいつはいつから救世主になったというんだ。
 御幸よりも、よっぽど、カルロスや成宮のほうが好きだというのに、なんでこんなことになってしまったのか。どうして倒れるときに御幸を思い出したのか。倒れた時だったからまだいいが、もしこれが死ぬ間際だったら、俺安らかに眠れない。
 今はもう、何も考えたくない。もう一度、寝転がって布団を顔までかけて、二人に背を向けて目を瞑った。やっぱり、瞼の裏には御幸がいた。



2014/11/02 10:13



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