あいつは前髪が鬱陶しいと言った。当然、その言葉は俺に向けられているものだと思って、「そんなことはない」と言ったら「お前に言っているわけではない」と言われてしまった。 「儂の前髪が鬱陶しいと言ったのだ。貴様の髪はすべてが鬱陶しい」 「んだとクソガキ」 「もし儂が髪を短くしたらどうする?」 「あ?べつにどうもしねーよ」 「…そうか、では切ることにしよう」 切ない顔を見せてのその発言は頂けない。止めてほしいならそんなこと言わなければいいのに、このクソガキはこういうところが可愛いからいけない。 黒くて綺麗な髪を触る。サラサラしていて引っかかる場所がない。この髪を切るのは勿体ない。そういえばいいのだろうか。 なんの理由で髪を伸ばしてるかなんて知らない。コイツのことだから、戦争が無くなるように、と願掛けしているに違いない。そんなことしなくても、俺がどうにかしてやるよ。そう思って、髪に口付けた。 「長いほうがいいけどな」 「ほぉ、そうか」 「短いのも見て見てーが、ここまで伸ばすのに何年もかかるんだもんな、」 「そうだな」 「切らない方がいい。このサラサラが好きだぜ、俺は。」 「儂は貴様の髪の色は好かんぞ」 「可愛くねーなクソガキ」 優しく頭を叩いたら、「いたい」という声が聞こえてきた。痛くないくせになにを言うか。睨んできたアインシュのこめかみにキスをする。 顔を赤くして抗議をするアインシュを無視して唇にキスをする。精一杯の愛してるを込めて。 俺の服をギュッと強く握る手を剥がして、俺の手と絡める。なんて恥ずかしい行為だ、と心の中で笑った。 「前髪、上に上げりゃあいいだろ」 「ん、そうだな」 「ゴムかなんか買ってやるよ」 「べつにいい」 「…買わせてくれ」 もう一度キスをしてアインシュを黙らせる。別に高いもんを買うつもりなんてない。 そこらで売ってる安いのを買うんだ。きっとコイツはそれでも喜んでくれるから。 そんなの自惚れだってわかっているはずなのに、な。 --------------- 2011/06/05 23:30 |