いろいろ | ナノ


「愛してるぞ、ダーリン」

 恋をしてしまった。相手はなんと実の兄だ。何がきっかけだったかなんて全くわからない。急に、本当に急にあの男を見て「あ、好きだ」と思ってしまったのだ。
 ナルシスト通り越してサイコパスだと言ったのは末弟だった。あ、僕は六人兄弟の三男なんです。しかも六つ子。一卵性なので顔もそっくり。はは、やばいでしょう?僕もやばいと思います。
 少しばかり違った顔をしていて、兄は兄弟の中で眉がきりっとしているんです。僕は口が少しへの字でね。そのきりっとした眉だとか、好きだったりするんですよ。もし、他の兄弟がその兄の様に眉を整えたとしても、僕は見分ける自信があります。だって、好きなのだから。

 好きだと自覚してまず取った最初の行動は、避ける。自分でも馬鹿だなぁと思うのだけれど、意識してしまうと顔も赤くなるし動悸息切れまでする始末。どこを見てそう体が反応するかは全く分からない。だって、僕の瞳に映る兄はだいたい鏡で自分の顔を覗いているのだ。鏡ばかり見てないで僕の方を見ればいいのに、と思った時期もあったけれど、見られたら見られたで上記の症状が出てしまうのでそのまま自分の顔だけ見ていればいいと思う。
 次に取った行動は、自分のほかに、兄に対して同じ想いを抱いている兄弟はいるか確かめるということ。自分が兄を好きになったから、というのもあるけれど、僕たちは六つ子。思考だってだいたい似ている。もしかしたら、僕みたいな想いを抱いている奴だっているかもしれない。いたとしても、絶対に譲る気などない。
 直接聞くという手もあるのだけれど、みんなに同じ質問をしたら勘のいい末弟などがこの想いに気づいてしまう可能性があるので、兄に対する兄弟たちの扱いを観察してみた。
 一番ひどいのは四男だ。兄の私物を壊したり、兄の胸倉を掴んだり。愛情の裏返しにしても、ひどい。四男は兄のことが好きなのかもしれない。自分と、同じ想いで。途端に、ダメかもしれないと思った。勝ち目がないかもしれない、と。不安でいっぱいで、手が震えてきて泣きそうになった。譲る気なんてない。その思いは変わらないけれど、最終的に選ぶのは僕じゃなくて、兄だ。
 そもそも、兄はこの想いを受け入れてくれるのだろうか。兄は同性愛者じゃない。僕だって、兄が好きなだけで、同性愛者ではない。不安という名の風船が、更に膨らんだ。

 ぼお、と天井を眺める。ずっと住んできた家の天井はいつもと変わりない。今日は仕事を探しに行く気にも、にゃーちゃんのDVDを見る気にもならなかった。緑色のパーカーを着て、足を投げ出してただ座って天井を眺めているだけ。ニートでこれってやばいなぁ、はは。
 みんな各々やりたいことをしに外出していった。そんなことやってないで仕事探せよ、というのは最大のブーメランである。自分以外の誰かが自分より先に就職してしまったらもうショック過ぎて落ち込むどころの話じゃない。

 兄は、またカラ松girlとやらを待っているのかもしれないと思うと、ため息が出る。そんなの待たなくていいから僕の相手をしてくれればいいのに。あ、僕の兄、カラ松って名前なんですよ。からからからっぽって。空っぽじゃ困るのに。
 はぁ、とまたため息をついて、喉が渇いたので台所へ向かう。築うん十年経ったこの家は歩くたびにギシギシ鳴る。そんな階段に手すりがついたのはごく最近だ。母さんが二階へ上がろうとしたら滑ってしまったのだ。その時は、近くにいたカラ松が母さんを受け止めたから事なきを得たのだけれど、近くに誰もいなかった時のことを考えるとゾッとした母さんがすぐ知り合いに電話をして次の日には手すりを付けて貰っていた。いい判断だったと思う。
 台所に入って、冷蔵庫を開けた。居間の電気がついていて、誰もいないのにもったいないなぁと思ってコップにお茶を注いでから居間へ向かった。
 居間には、隅っこに横になるカラ松がいた。
 見つけた瞬間僕の顔は赤くなったし動悸息切れがひどくなった。もうこれは病気なんじゃないかと思う。あ、あれだ。恋の病。うわ、ちょっと自分で言って引いた。お蔭で動悸息切れも収まった。
 みんな、好きなことをやりに外出したのだと思っていた。いや、外出しただろ。こいつは五男の次に外に出て行ったはずだ。ということは、帰ってきたということか。え、いつの間に…。二階の襖は閉じていたけれど、この家の壁は薄いので玄関が開いた音などは全部聞こえるはずなのに。いくらそっとドアを開けたとしても、閉じたときの音だとか、廊下を歩く音だとかが聞こえてくるはずなのに。それすらも気づかずに天井を眺めていたのだと思うと、ゾッとする。

 コップを卓袱台の上に置いて、カラ松が寝ているほうへそっと近づく。起こさないように、畳が音を鳴らさないように、そっと。
 横向きに片手を枕にして寝転がっているカラ松はすぅすぅと小さな寝息を立てていた。自分よりもきりっとした眉や、自分よりも長い睫毛だとかを眺めているとどきどきと心音が大きくなってきた気がする。
 見ないように、瞳に映さないようにしているけれど、やはり僕の瞳に映ってしまった唇。かさついていないその唇に触れてみたくて、でも、そんなことをしたら起きてしまうかもしれなくて、でやはり触れてみたくて。
 今なら家には誰もいない。いるのは、自分とカラ松だけだ。だけど、もし、触れた瞬間に起きてしまったら?軽蔑されたら?僕は生きていけるのだろうか。ぐるぐると僕の頭は考えだして、出た結論としては、眺めるだけにしておこうという勇気も度胸もないものだった。男に、ましてや兄弟にキスなんかされて、気持ち悪いと思わない人間はいないだろ…。うん。僕は間違ってない。
 寝顔を眺めながら、好きだなぁと心の中でつぶやいた。声に出して呟いて、相手も聞いてて「俺も好きだったんだ!」なんていうシチュエーションも、頭の中で考えている。そんなの、あるわけねぇだろって。
 アイドルに恋するより、報われないんじゃないのか、これ。いっそ、デカパン博士のとこにでも行って惚れ薬でももらう?いやいや、そこまで切羽詰まってないし、いや、うん。
 相手も自分を好きになってくれたら、いいのにな。世の中には両想いの人間がどれだけいて、その人たちの想いが報われて、結ばれているのだろう。その二人が結ばれるって凄いことなんだよな。父さんも、母さんも、そうやって結ばれたんだ。それなのに、僕ときたら、生産性のない恋なんてしちゃって。それだけで親不孝者だよね。ああ、ダメだ。なんかネガティブになってきた。
 目の前の兄は、まだ眠っている。
 どうして、僕は報われない恋をしてしまったのだろうか。安らかに眠る兄の顔が歪んで見える。四つん這いになって寝顔を見ていた僕は、いつの間にか正座をしていた。強く握った掌に、ぽたりと何かが零れ落ちた。嗚咽が漏れないように、唇を噛みしめて。

「どうしたんだ、」

 そっと、僕の膝に触れたのは兄の左手で、掛けられた声は寝起きのせいか甘ったるくて、僕の視界はどんどん歪んでいった。
 起き上がった兄は、なんだか嬉しそうな顔をしているように見えた。ああ、こうやって頼られるの好きだもんな。仕方ないよな。僕の頭を右手で撫でて、左手では握りしめた掌を擦っていた。その行為に、なんだか分からないけれど涙は溢れてきて、こんな格好悪いところを見せたいわけじゃないのに、と心の中で叫んだ。

「よしよし」
「ぅ、こ、こどもあつか、すんなっ」
「ん」

 僕の頭を撫でていた右手に、ぐっと力が入ってカラ松は体制を崩して、寝転がった。変な声が出たけれど、気にせず抱きしめたまま背中をぽんぽんと優しくなでられて、他の弟と勘違いをしているのではないかという考えが過った。それでもいい、と叫ぶ自分と、納得がいかない!と叫ぶ自分がいて、後者が勝ってしまった。

「ねぇ」
「ん?」
「チョロ松、だけど」
「ん?知っているが」
「は?」
「お前を間違えるはずがないだろう?」

 きっと、カラ松は穏やかな顔をして笑っているのだろう。だって、そうとしか考えられない。
 そして、僕はカラ松のその言葉を忘れないように心の中の宝箱に仕舞った。カラ松が、僕を間違えることがないという事実だけで心は晴れやかだった。それと同時に、みんなにも同じ言葉を言うのだろうと考えるともうわけが分からなくて、どうして人はこんなにネガティブになれるのかと叫びだしたくなった。

「悲しいことがあったんだろ?存分に泣けばいいさ」
「……」
「言いたくなければ何も言わなくていい。言いたくなったら言えばいいんだ」

 色違いで揃いのパーカーは涙のシミがついてしまった。申し訳ないなぁと思うような、ざまぁみろ、と思うような。お前のことを考えて泣いているなんて、これっぽっちも思っていないだろう。思わなくて、いいよ。
 ど、ど、とカラ松の心音が聞こえる。落ち着く。引いてきたはずの涙だってまたじわじわ溢れてきて、なんだか笑えて来る。

「…僕さぁ、好きな人がいるんだ」
「…うん」
「それでさ、その人のことがどうしようもなく好きでさ」
「うん」

 ど、ど、ど、ど。さっきよりも早くなった心音に、期待しそうになる。期待させるようなことするなよ、と突っ込みたいけど、生理現象を咎めることはできなくて、そのままにした。

「…その人のことを想って、泣いていたのか」
「うん.…」
「ふふ、その人が羨ましいなぁ」
「……」

 ん?
 いや、僕の聞き間違いじゃないって。あれれれれ、これってもしかして、いや、焦るな。焦りは禁物だ。何度も何度も失敗を経験してきたけれど、ここでは失敗したくない。失敗してたまるか。けど、どうやって突っ込む?だって、これが兄としての想いだったら突っ込みすぎると多分やばい。どれくらいって、かなり。

「そんなに好きなのか」
「え、あ、うん」
「そうか。報われると、いいなぁ」

 いや、相手お前なんだわ。カラ松次第では報われるんだわ。とは言えるはずなく。

「…か、カラ松は、好きな人、いないの」
「いる」
「え゛」
「というか、いた」
「は?」
「失恋してしまったようだ」
「はぁ!?」

 僕は勢いよく起き上がって、カラ松の顔を見た。まるで、僕が押し倒しているみたいで、ドキッとした。
 カラ松は、薄っすらと涙を浮かべていて、僕は混乱した。だって、こんな兄の顔、見たことがない。

「失恋って何、お前のことフるとか、相手は誰なの」
「ふふ、チョロ松。俺だって不完全な人間だよ。お前の中の評価が高いのは、とても嬉しい」
「話逸らすな」
「逸らしてないだろう?」
「お前を振った相手は誰なのか聞いてるんだよ!」
「俺は告白してないんだ」
「はぁ!?ますます意味わかんねぇえ!」
「好きな人に、好きな人がいたのだから、それは振られたということだろう?」

 失恋したとか言っておきながら、楽しそうに笑っている。その顔は、どちらかと言ったら「兄」に分類されているほうの顔だ。兄として、弟が恋をしているのが嬉しいということか?なんなんだ。好きな人に好きな人がいた!?ふざけんな!カラ松を振るなんて何考えてんだ!でも待てよ…これって、今ならそこに付け込んでっていうのもあるのか…いや、それって…いやいや、迷ってる暇なんてあるか?ないだろ。

「おれ、」
「ん?」
「お前が、カラ松が好きなんだ」

 玉砕覚悟。嘘。当たって砕けるなんて本当は嫌だ。けど、付け入る隙があるなら言うしかない。だって、いま、カラ松は失恋してしまっていて、傷心気味なはずだ。ていうか、待て。カラ松はさっきなんて言った?好きな人はいたけれど、その好きな人には好きな人がいた?なんで最初はいると言ったのに、そのあといないと言い直したんだ?そんな風に焦らした言い方をする必要あったか?そこから導かれる答えって?カラ松はいま、とても吃驚した顔をしているけど、でも、嬉しそうでもある?それって、まさか、うそだろ!?

「か、からま、」

 言い終わる前にカラ松が僕の腕を引っ張って、僕はバランスを崩してカラ松の上にダイブして、そしたら首に腕を回されて、耳元で――





2015/12/31 06:19




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