また夢で、逢いましょう
夢でまた、逢いましょう 何もない、空っぽの世界の中に、俺だけが一人、ポツンと立っている。 周りを見渡しても何もありゃしない。 眼鏡を外して、横になる。横になっても変わらない景色。 何もない、誰もいない。 瞼を閉じて思い浮かべる。 妹の顔も父親の顔も母親の顔も思いだすことが出来ない。 そんなもの、最初からいなかったように。 パタパタ、と液体が顔に掛かった。 瞼を開けると浅黒い肌の男が、カレールーを入れる容器から水を掛けている。 「何するんだ」 「死んでいるのかと思った。」 「水なんて掛けるな」 「確認する術がこれしかなかったのだ。文句を言うな」 ゆっくり起き上ると、男が容器を落として俺の手首を掴んだ。 俺の白い手首に、黒。 ボーっとそれを眺めていると近付いてくる顔。 そのせいで意識が戻った俺は、掴まれていない方の手で、男の顔を殴ろうとした。 したのに、その腕も掴まれてしまって、身動きが取れない。 耳元に唇を寄せられて、あからさまに反応してしまう身体。 俺よりも力の強い男に抵抗したって勝てるわけが無い。 声を出したくても、出てくれない。 どくんどくん鳴る心臓。男の吐息。 「大丈夫だ」 囁かれた言葉の意味を理解する前に、男は光と成って消えていった。 けたたましく鳴る目覚まし時計のお陰で目が覚めた。 今までの出来事が夢だったと知らせてくれた目覚まし時計に感謝して、ベッドサイドに置いた眼鏡に手を掛けた。 パタ、とシーツに出来る染み。 シーツの色が濃くなるように、パタパタと何かが染みを作る。 それが自分の目から零れたものだと理解するのに時間がかかった。 なぜ、涙なんて流れるのか、わからない。 涙なんか出ていない、そう自分に言い聞かせてパジャマの裾で乱暴に拭った。 朝飯の準備をして、早めに家を出て、釣道具など持たずに海へ向かった。 靴と靴下を脱いで海に足を漬ける。 ひんやりと足を冷やしてくれる海水に目頭が熱くなった。 思わずしゃがんで膝を抱える。 こわい こわい こわい 湧き出る感情をどうにか押さえつけ、海から出る。 足の裏に砂が付いてじゃりじゃりするけれど、それに構わず靴を持ち階段まで裸足で歩く。 階段に腰掛け、足の裏を叩いてから靴下と靴を穿いた。 学校に行くのが面倒くさい。 今は誰にも会いたくない。 それなのに足は学校へと向かって歩き出す。 学校に着いても何もすることのない俺は、ボーっと椅子に座ってホームルームが始まるを待つ。 ガラリ、と音を立てて入ってきたのは担任と、浅黒い肌をした男だった。 アヒルを抱えている姿はなんとも滑稽で、関わりたくない、そう思っていたのに、俺の記憶は今朝の夢を思い出させた。 あの浅黒い肌には見覚えがある。 今朝、俺を泣かせた張本人だ。 なぜ、あの転校生が俺の夢に出てきたのかわからない。 震える身体を抱き、男から目を逸らした。 一瞬、目が合ったのはきっと気のせいだ。 「現実から目を逸らすな」 すれ違いざまに言われた言葉に振り返るも、男はただ前を向いて歩くだけだった。 ---------------- 2012/05/07 08:23 |