「ういさんの好きな食べ物はなんだい?」

 そう言って和ませてくれたのは、燭台切光忠だった。この本丸に来てから数日、光忠さんの作ってくれるご飯だけが救いと言っても過言ではないくらい救われている。そして、本丸で肩身の狭い私の唯一心休まる場所が厨になりつつあった。自分の部屋はあるけれど、やはりおばあちゃんの影がたくさんチラつくあの部屋では、仕事には集中が出来ても心は休まらないのだ。近侍の鶴丸国永の目が怖くて。
 光忠さんは私の事をういさんと呼んでくれて一個人の扱いをしてくれている、と思いたい。

「そろそろ本丸には慣れたかい?」
「光忠さんって結構意地悪ですよね」
「そういうつもりで聞いた訳ではないけど。そうだね、僕達も早く慣れるべきなのかもしれない。君にね」

 トントンと食材をリズムよく刻む音が当たりに響き渡る。そして、聞かなければいいのに私は余計な口を開いてしまった。

「おばあちゃんってさ、どんな人だったの」

 今でさえ、刀達に慕われ私は比較されているというのに。光忠さんは容赦なく言葉を続けてきた。

「まず、朝から晩まで休まず働いていたね。そして、僕たちの事をよく気遣ってくれていた。些細な変化も気づいてくれて。そうだ、ちょっとした料理の味の変化とかもわかってくれていたなぁ。塩変えたねとか、あとは、ご飯や掃除も一緒にしてくれて、本当に僕たちの事をよく考えてくれていて」
「光忠さん、ストップ。ストップで」

 光忠さんはそれ以上何も言わず、途中で止めていた作業の手をまた動かし始めた。コンロに火をつければ、次第に辺りには出汁の良い香りが漂ってくる。頭を抱えて下を向いている私に光忠さんの表情は見えない。いや、見たくないが正しいか。光忠さんは優しいからきっと優しく微笑みながら見守っているのだろうけれど、どうしても冷ややかに見られているのでは無いかという被害妄想がこびり付いて離れないのだ。
 光忠さんの視線に勝手に怯えながらよぎるのは刀剣男士達から見たおばあちゃんだった。私だっていつもいつも「今日の服装も可愛いねぇ、ういちゃんはセンスがいい」と何かと褒めてくれて、優しくて。それに比べ私は、

「私、ここに来ない方が良かったのかな」

 ちょうど光忠さんが手を止めてしまっていたから厨に響いてしまった私の虚しい声。そして、また暫くして光忠さんの手元が動き出す音。その間にまた被害妄想。よく言うではないか。無言は肯定だと。ついにこの空気に耐えられなくなった私は立ち上がり、厨を出て行こうとした時だった。

「ゆりさんの能力が無ければ、この本丸は解体だったから、僕は君が来てくれて嬉しいけどなぁ」

 私に向けた言葉だけれども、その言葉は私では無くおばあちゃんの能力に向けた言葉で。とても他人事に聞こえてしまう。私は逃げるように厨を出たけれどもこの本丸に私の居場所はないのだと目頭が熱くなっていくばかりだった。


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