街ゆく人もコートやダウンと移り変わっていく季節。俺のコートのポケットに入っている手も寒空の下で冷えきっている。俺はその冷たくて自分の手よりも何倍も小さい手を包み込んで、カイロを温めるようにマッサージをしてやると彼女は恥ずかしそうによそを向いてしまった。

 思えば、彼女を想い続けて二年。ここまでの道程はかなり険しかった。ただ現在、傍から見れば仲の良いカップルだが、この時点で俺達は付き合っているわけでもない。だが、ここまで来てしまえば、もう両思いも同然と言っていいだろう。


 彼女、上杉ういは、二年前に俺の前に現れた。何でも他の新人より優秀らしく是非俺の元で育てて欲しいと直属の部下として配属されたのだ。上が優秀と言うのもすぐに納得がいった。頭の回転は早く、機転が利く。新人に任せれば、数週間かかる様な案件も俺が次に進捗を確認すればほぼ終わっている、など仕事においては俺も一目置いていた。
 とある日、上杉がデスクで資料を読み込んでいる時の事だった。

「上杉」
「っ、はい」

 油断をしていたにしては、大きく肩を竦めませる。上杉は後ろを振り向き、誤魔化すような笑顔を浮かべて「お疲れ様です、赤井さん」と返してきた。隣の椅子に腰かければ、半歩横にズレるキャスター付きの椅子。何かに気づいて欲しくさなそうに、資料に目線を戻した上杉の手から資料を横取りするように取り上げた。

「それ、私の仕事です!」
「部下の仕事を把握しておく事に越したことはないだろう」
「そうですけど……」

 歯切れの悪い返事にバツの悪そうな顔。そして、資料内容には長期に渡るハニートラップの指示。俺も上杉に悟られないように心のうちでため息をついてしまう。

「上杉、嫌でなかったら一緒に昼どうだ?」
「構いませんよ」

 資料を上杉に返して俺は席を立つ。上杉が何か言いたそうに続けようとしていたが、気にしない振りをしてその場を後にした。


昼食の場所は近くの洋食店。俺も上杉も行きつけのお店なので、注文もすぐに済ませる。すると俺は何も言っていないのに、上杉から「話があるんですよね」と振られてしまった。

「勘が鋭すぎるのも考えものだな。そういうのは、職務中だけでいいんだが……」
「オンオフの切替がよくわからないんです」

 で、話しってなんですか? と目が言っているので、無駄な話はやめて早く本題に入った方が上杉の為だろう。

「さっき読んでた資料の。俺から上に断っておくから安心しろ」
「大丈夫ですよ! それとも、可愛い部下がハニートラップするの嫌だったり、とか……」

 相変わらず気まずそうに顔を逸らす上杉。彼女はそういう冗談を言うような人間では無いことはよくわかっているつもりで。つまりそれは、明らかな動揺。

「そうだな。男性恐怖症の可愛い部下にこの仕事をさせるのは人として嫌ではあるな」
「やっぱりわかってましたか」
「何となくだが。いずれこういう仕事が来るのも無いわけでは無い。だから、この際ハッキリさせておこうと」

 ふと目線を上げて上杉の表情を見れば、今にも泣き出してしまいそうな不安気な表情で。本人は何かを焦っているのだろう。その表情を見ているとなぜだが自分が上杉を責め立てているような気持ちになってきてしまう。そんな、つもりはどこにもないのに。

「上杉。人は何かしら事情を抱えているものだ。上杉の事を根掘り葉掘り聞いたりはしないから安心しろ」
「ありがとうございます。でも、これは仕事でこれが何かのきっかけで治る事もあるかもしれない……」

 その後も俺の手を煩わせたくないのかごちゃごちゃと言い訳を並べ立てている上杉を見ていてこちら側が余計苦しくなってきしまう。そんなに自分を追い詰めてまで、仕事はして欲しくない。これは上司としてではなく、一人の男としての願い。

「上杉。これで仕事が出来ないと判断するやつは少なくともこの職場にはいない。かと言ってこのままの状態が良いとも言えないが」
「ですよね」
「ひとまずこの仕事は俺が断っておくから安心してくれ。と、そうだな対策としてはまず俺から慣れるのはどうだ。こうやって食事も二人きりで出来るのはもうクリアしている事だし……」
「その、いろいろ有難いんですがそこまで赤井さんが協力してくれるのは申し訳ないです」
「俺は上司が部下の苦手を克服するのを手伝ってやるのも仕事だと思っているが」
「そういう所、日本人気質なんですね。……そうですね、具体的にどう克服していけばいいのかわからないですけど、頼らせてもらってもいいでしょうか。赤井さんならまず大丈夫な気がします」
「最初からそう言っている」

 食事も終わり、伝票を手に立ち上がれば後ろから「赤井さん!」と追いかけてくる声が聞こえる。きっと、この時から俺の上杉への想いは始まっていたのだと思う。


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