「すみません!」
「いや、大丈夫だ。そっちは大丈夫」
「大丈夫です。すみませんでした」

 顔を隠すように上から紫のスカーフをかけているが、とても綺麗な女だ。慌てている様子で俺の言葉を遮り、落としたうさぎのぬいぐるみを大切そうに抱え走り去って行った。それに反応したのは言わずもがな悟浄なわけで。

「あのお姉ちゃんたぶん高いんだろうなぁ」
「高い……ってあの姉ちゃん値段付いてるのか?」
「悟空。あんまり深く聞かなくていいですよ」
「……高い……ねぇ」
「何、三蔵ちゃん気になっちゃった感じ?」
「そんなんじゃねぇよ」

 ぶつかった彼女はたぶんそういうお店で働いているのだろう。それらしき裏通りへと走っていったしな。

「それより晩飯だ。早く店見つけちまおう」

 三人は口々に「そうだな」と店探しに切り替えていたが、俺はどこかあの女の存在が頭から離れないままでいた。
 すぐに入れそうな店を見つけ、食事をしていると少し離れたテーブルから気になる話しが耳に飛び込んでくる。

「あそこの店主また羽振りが良くなったなぁ」
「この間の子がまた高く売れたんだろう? かなりヤバイ所と取引してるらしいけどな」
「きっと店にいる間の女の子は好き勝手してるんだろ? 俺たちからは高い金せしめるクセにな」
「でも、可愛いんだよなぁ。きっと次のターゲットはういちゃんだろうなぁ。他の子よりちっと高いが最後に一発ヤっておこうかねぇ」

 ゲスい話しだ。けど、珍しくもない話。食事を進めようと箸を口に運んだ時だった。

「そういえばさっきういちゃんらしき子見かけたなぁ。スカーフかかっててよく見えなかったがかなり急いでたな」
「はぁ? お店の子を外に出すわけないだろ?」
「だよな。他人の空似ってヤツだな」

 そう言って笑った男達の話しはまた違う店の子の話しに移っていった。ふと顔を上げれば三人が俺を見ている。

「……何だ」
「三蔵にぶつかってきた人の話してましたね、今の人たち」
「だな」
「何かヤバイ所に売られるって言ってたぞ」
「そうだな」
「……俺もそのういちゃんのお店行ってみようかな」
「お前は黙ってろ」

 他に何か言いたそうな三人を無視して俺は止めていた箸を口に運んだ。そう俺には関係無い話しなのだ。


「三蔵。こんな夜更けにどこへ行くんですか?」
「どこでもいいだろ」
「折角だからういちゃん助け出すついでに遊んでくるかぁ」
「三蔵! 早くしないとあの姉ちゃん売られちゃうんじゃねぇの?」
「ああ! うるせぇ! 勝手にしろ」

 俺はそんなにわかりやすいのか。別にあの女がどうなろうが知らないがただ俺自身が胸くそが悪いだけなのだ。三人を無視して足を進めれば楽しげな会話が後ろから着いてきた。


「っていうか三蔵ってこんなとこ来ていいのか?」
「この人の場合女の人に手を出しても今更なとこはあるので」

 裏道へ出てこれば、華やかな女がそこらで男を引っかけている。一応あの格好で歩いていれば後々面倒な事になりそうなので、いつもよりラフな格好をしているが気づくヤツは気づくのか「三蔵様ですよね?」と寄ってくる。その度に八戒が「コスプレです」と適当にあしらっているので問題は多分ないだろう。来てから気づいたが店が多すぎてどう探せばいいかわからない。仕方ないがういという名前を頼りに一つ一つ店を当たるしかないようだ。面倒だと思いながら適当に店先にいる男に尋ねていると「三蔵! 店見つけたぞ!」と少し離れた所から悟浄に呼ばれた。

「たまには役に立つじゃねぇか」
「俺、こういうのは得意分野よ」

 ありがとうと口に出すのは癪で悟浄の肩を軽く叩けば、悟浄は溜息交じりに笑った。
 悟浄が探し出したお店の外観は他の店より看板が煌びやかでいかにもな店。店主にういの名前を告げれば少し怯むような値段を提示されるがこちらには三仏神のカードがあるのだ。利用明細を見られたら何か言われるのは必須だが人助けとでも言っておけば上手い事言いくるめられるだろう。普段馬鹿にならない食費の代金よりマシだ。店の奥の部屋に通されればそこにいるのは、赤い着物を着せられ正座をするういがいた。お淑やかに「ご指名ありがとうございます」と挨拶をするういの手をいきなり引っ張って立ち上がらせた。突然の事に戸惑っている様子のういに俺は構わず「ここから出たいか」と聞けば、ういは静かに頷く。外では異変に気づいた奴らのざわついている音が聞こえる。

「はぁ……。走りにくそうな格好しやがって」
「えっと、ごめんなさい?」
「謝んじゃねぇよ。ちょっと急ぐぞ」

 腕を引っ張ろうとすればういは「待って!」と声を上げた。俺の腕を振りほどいたういは部屋の隅にある小さな押し入れからうさぎのぬいぐるみを取り出した。

「この子も一緒に連れて行きたいの」

 ういは大事そうにぬいぐるみを抱えた。再度ういの腕を取ればういは何かを決意した顔で立ち上がる。勢いよく扉を開ければ悟浄がそこにいた。

「ういちゃん? ちょっとごめんね」

 すぐに女を横抱き出来るコイツを少しは尊敬してやらん事もないとかそんな光景に浸っている場合ではない。どこからか湧いて出てくるヤツらを蹴散らし、店の外に出ればそこにはまた用意周到にもジープが車になってそこにいた。運転席には八戒がいて、店前の男は全て悟空が片付けたようで。ジープに飛び乗るとすぐに走り出した。追ってくるヤツもいない事を確認すれば、次の町へと向かうのかそのまま八戒はジープを走らせていく。

「そういえば、勢いで飛び出してきたので、荷物は全て宿ですからしばらくいろいろ我慢してくださいね」

 「え!?」と俺と悟空と悟浄の声が重なる。そして、鈴のような可愛らしい笑い声。

「……あの、ありがとうございます。で、いいんですかね?」
「ああ」
「それ、ういの大事なものなのか?」

 悟空がういの持っているぬいぐるみを指させば、ういは「はい」と頷いた。

「物心ついた時から持ってるものなんです。だから、置いて行きたくなくて。……それと一つ聞きたいんですがどうして助けてくれたんですか?」

 不思議そうに俺の顔をのぞき込むういから思わず目を逸らしてしまった。ただ自分の我儘で動いた事に対してその純粋な視線はとても気恥ずかしいものがある。

「……命に値段なんて胸くそ悪いって思っただけだ。一人救うので精一杯で何言ってやがるって話しだけどな」
「それなら、然るべきとこに話しは通したのであのお店はもう終わりだと思いますよ。どうやら人身売買をしていたのは、あの店だけだったみたいなので他は救えなかったですが……」
「それじゃあ、あの店にいた人たちは助かるんですね」
「問題はその後、だけどな」
「悟浄って真面目な事言えるんだな」
「うるせぇ、猿」
「車内で暴れるな! 降ろすぞ!」

 とりあえず今はういが隣で笑ってられるならそれでいい。けれど、これからういをどうするかなんて考えてもいなかった自分に気づき、俺もコイツらと同じ穴の狢なのだと未だ騒ぎっぱなしの二人を見て思うのだ。


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